[こしょ修理屋][0,]

文字数 2,243文字

○おとぎ話もどき
雨の日に交通事故に遭い今日が退院日の装子。持ち帰る手荷物の中に見覚えの無い小さな1冊の臙脂色(えんじいろ)の表紙の本があった。あの事故の日、水溜りにでも浸かってしまったらしいその本は中身が縒れて表紙が泥だらけだった。何故か棄てる事が出来無かった為持ち帰る。その後、友人から本を修理出来ると言う一人の男性を紹介される。丁(ひのと)と言うその男性は古書店で働いており依頼が有れば本の装丁をしてくれると言う。お願いしようとしたがその修理費が高額な為諦める装子。しかし彼はある条件を呑んでくれたら無償で修理してくれると言う。その条件は“僕の彼女として1日だけデートをして欲しい”と言うものだった…!戸惑いながらもOKする彼女ですが…。約束の当日。二人で美術館へ行ったり、公園で散歩したり、ハンバーガーを芝生の上で頬張ったりと結構楽しく過ごす。その内、装子はある事に気が付く。このデートはあの臙脂色の本の中の小説(?)のあらすじと似ているのだ。段々彼女は緊張して来た。何故ならあの本のあらすじではデートの別れ際に恋人達が口付けすると言う一節があったからだ。さて夜になり夕食の後、並木道を二人でゆっくりと歩いていた。ふと丁は立ち止まり装子と向き合って来た。“まさか…?!”思わず後退る。“今日は付き合ってくれてありがとう。約束通り無償で修理します”そう言うと「預り兼注文票控え」を装子に渡した。そこには赤い字で“無償修理”と書かれていた。“本は10日程で仕上がりますからね。また店に受け取りに来て下さい”そう言うと帰って行ってしまった。ほっとするも、少し残念…と自分が思っている事に彼女は自分で驚くのだった…。10日後。古書店へ本を受取に行く装子。仕上りは完璧で表紙は新しく綺麗な臙脂色に貼り直され、中身の縒れて茶色掛かった染みも殆ど綺麗になっていた。“凄い、新品同然だわ!”、“ルリユールと言う伝統の製本技術だ”と彼は教えてくれた。“工房を見学して行きますか?”装子は希望した。古書店は昔の木造洋館アーリーアメリカン様式を基調にした古民家再生邸宅。昔は町の市役所だったとか。本を挟む万力、仕立屋の様な様々な表紙用生地を収めた何段もの棚、作業台にきちんと並べられてる道具達…装子はすっかり魅了されてしまった。“作って見ますか?”と彼は、一般向けの体験教室へ誘ってくれた。体験教室当日。親子連れや司書志望の女子大生たちと“本づくり”(…と言っても初心者で分かりやすい簡単な糸綴じノートを作った)を楽しんでると、母子連れの小学生の男の子に“お姉ちゃん久しぶりだね、全然お店にいなかったけど何してたの?”と言われる。どう言う事?と尋ねると実はずっと前からこの古本屋で仕事をしていてこの子はその姿を時々見かけていたと言う。“えっと…人違いじゃないかな?私は最近このお店に来たばかりで…”すると男の子は1冊絵本を取り出し“違わないよ、だってこの本お姉ちゃんが直してくれたんだ”しかし自分がそんな芸当は出来るはずないし…装子が困ってると丁が来た。“これは僕が直したんだ。彼女は手が上手く動かせないからね”男の子は少し残念そうに、でも納得した様だった。夕方片付けを手伝いながら“さっきはありがとう、あの男の子何か勘違いしてたみたい…”すると丁は思いがけないことを言い出す。“あの子が言った事は本当だよ。絵本は確かに君が修理したんだ。ここにちゃんと記録も残ってる”そう言って見せたファイルは修理者に装子の名前が。ジョークと思い笑った“あらこの本屋さんには私と同姓同名の人がいるのね”しかし彼はちょっとムッとして呟いた“…覚えてないのかい?…装子…”帰宅してから装子は考えた。(丁さん少し怒ってたみたい…それに私を呼び捨てにしたような…どこかで会ったかしら?)装子は今までの仕事の事を思い出して見た。あれ?どうしてだろう。学校を卒業後の自分がどんな仕事をしていたかほとんど思い出せないのだ。数日後、丁を紹介してくれた友人に自分の過去を訪ねてみた。すると装子は昔、古書修理をしていたと言う。その時知り合った丁は実は装子の彼氏でフランス修行に行った後は関係が自然消滅してしまったと言う。何年か後に戻って来たときは装子は事故で卒業後辺りの記憶を失ってしまっていた。“装子が自分から興味を持つか尋ねるまでは自分の事は伏せて欲しいってお願いされてたんだ。ねえ何も覚えてないの?”事故の後遺症で思い出せない装子。それでも古書修理は面白いと思いリハビリも兼ねて丁の元で働く事にする。それからしばらくしてから装子は丁から交際を申し込まれるが(あくまで“初めて”付き合うと言う話で告白されたが)自分が丁の事を“縛っている”と思いそれを断ってしまう。もし装子が自分を思い出しても、交際を断られた時はフランスへ再び修行へ行こうと決めていた丁は装子の事は忘れて日本を立とうとする。最後に丁は無償で修理したあの臙脂色の本の秘密を告白する。あの本は実は装子の日記帳を元に丁が創作した物だった。友人に“過去じゃなくて“今の”装子は丁さんをどう思ってるの?”と聞かれ1日だけデートしたあの日のことを思い出し、今では装子も彼の事が好きなのだと気付いて丁を追いかけてフランスへ。のちに装子は尋ねた“ところで私たちキスした事あるんですか!?”“んーそれは内緒だ”(実は一度もないけどね☆)その後二人で古書修理屋なったそうな。
おわる****
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