一、

文字数 3,806文字

 時が惜しい。詳しい話は道すがら言葉を交わさずともわかった平蔵と鎬は、長屋を出た。

「で、行方に当てがあるのか」
「実はなにもなくて。正目様がどうやって薬を買っていたかもわかっていないんです」

 道すがら話を聞いていた平蔵は、その言葉に思わず足を止めた。
 非難めいたまなざしになっていたのだろう、鎬は軽く首をすくめたが、真剣なまなざしで続けた。

「ですが、平蔵さんなら、ある程度ひとや場所を絞れば、蘇芳さんの居場所がわかるはずです」
「んな曖昧な」
「ちゃんと根拠はあるんです。平蔵さんは蘇芳さんの抜き手でした。それはずっと強固な絆なんです。特に蘇芳さんは特殊でしたから、平蔵さんならば蘇芳さんの居場所がわかるはずです」
「あいつが拒絶している可能性を考えてないな」

 平蔵が居心地悪く言い返せば、しかし鎬は真顔で言った。

「平蔵さんは鞘神様をなめてます。彼らは一途で純粋で、一度心を許した相手には、盲目的なまでに思いを預けてしまうんです。だから蘇芳さんの心には、今も平蔵さんが居ます」

 断言された平蔵は返す言葉も見つからず、話柄を変えることにした。

「じゃあ、玖珂はどう探しているんだ。そもそもてめえは家の指示に従わなくて良いのか」
「玖珂は正目様の足取りを捜索していますが、正直まったく熱心ではありません。虚神狩りから薬の常習者が出たとあれば、一族の汚点ですが、むしろもみ消す方に向かっていて。わたしは別の路線から探すために単独行動をしています」
「それ独断って言わねえか」
「言いますね。もしかしたら処罰があるかもです」

 微笑む鎬は大して気にしていないように思えた。見た目よりもずっと肝の据わっている娘なのだろう。

「正目様に話を戻しますが、無断で鞘神様を持ち出したことは、許されざる行為です。ですが引き出したのが力が弱いと思われている蘇芳さんだからと、消極的なのも事実で。このままだと捜索はすぐに打ち切られます。だから、わたしたちで探すしかないんです」

 ほろ苦く笑いながらも断言した鎬に、平蔵は握った拳に力を込めていた。
 しかし、己に怒りを覚える資格はない。すぐに平静を取り戻し話を本題に戻した。

「そこまで嫌われている正目ってのはどんな奴なんだ」
「玖珂正目様は、玖珂家の直系の男性です。年は二十四。幼少の頃から虚神狩りになるべく修行を重ねられ、才気煥発な方で将来を嘱望されていました」

 そこまで聴いた平蔵は、おおかたその男の性質と境遇を察した。
 己の記憶に残っている男の声は、さやを責める尊大なものであった。
 そこから考えれば。

「鞘神に、選ばれなかったんだな」
「……そのとおりです」

 困ったように鎬は眉尻を下げた。

「霊力も、術者としての技術も申し分のない方ですが、なかなか鞘神様との縁に恵まれずに今までこられていて。ですがそれも苦にせず、術者たちに厳しく指導されていました。玖珂に引き取られた私も、よく正目様に指導していただきました」

 それは、後進に抜かれていく屈辱で、下位の者に当たり散らしていたのではないかと平蔵は思った。が、鎬は全く気付いていないらしく、しょんぼりと肩を落として続けた。

「ですがわたしが春暁の抜き手になってからは、口も聴いてもらえなくなって、ずっと気になっていたんです」

 それは当然だろう。己の才に絶対的に自信のあった男が、下位のそれも少女に抜かれたのだ。実力主義で通っている虚神狩りの家だとしても、矜持が高い男ならば恨みに思ってもおかしくない。
 平蔵は、それを伝えてやろうかと思ったが、ふいに春暁が現れた。
 彼とも彼女ともつかない鞘神は、鎬の頬を撫でると平蔵を流し見る。

「鎬はこのままで良いのだよ。だからこそ面白い」
「悪趣味だな」

 往来の人間が春暁に興味を示していないことからして、平蔵と鎬にしか見えていないのだろう。
 平蔵が肩をすくめて応じて見せれば、鎬は不満そうに頬を膨らませた。

「なんですか、二人で納得しちゃって。仲間はずれは嫌ですよ」
「別に何でもねえよ。それよりも」

 鎬はさらりと言ったが、玖珂の家に引き取られて、と言った。
 虚神狩りの家では、才のある子を農村から引き取ってくることがあるという。
 霊力を持つ子は、たいてい厄介者扱いされているため、人助けの一環だと言われているが。それでも、それなりの苦労をしてきたのかも知れないと感じた。

 が、今はそれにかまけてる暇はない。

「正目が薬に手を出した理由はおおかた予想がついた」
「ほ、本当ですかっ」

 全力で驚く鎬に少々疲れを覚えつつも平蔵は歩く方向を変えた。
 鎬は困惑気味に追いかけてくる。

「どちらへゆかれるのですか?」
「あの薬は、極端に視野が狭くなる。それも負の方向にだ。ならあいつは一番こだわっていることに向かう」
「正目様がこだわっていること?」
「話を聞くに、正目は自尊心が高えんだろう。そんでもって鞘神がいねえことがたいそう嫌だったらしいじゃねえか」
「それは確かに気にされていましたが」
「逆を言えば何より虚神狩りとして活躍してえんだ。おあつらえ向きに、輪天薬なんていうもんをばらまいている悪党がいる。自分で調達できたんなら、売り手も知っているだろう。そんな奴がさやを持ち出したんだぜ」

 ここまで言えばわかるだろうと視線をやれば、鎬ははっと顔を上げた。

「蘇芳さんで、実行犯を斬ろうとしている!?」
「可能性は高いな」
「でも、先日元締めだった土竜の親分の根城は潰されてます。それでは正目様たちの居場所なんて」

 困惑の色が濃い鎬に、平蔵は賭場での一夜を思い出す。未だに確証はないがほぼ確信に近い。
 しかし、今は正目の居所を絞ることが先だった。

「ようは正目の行動範囲から売り手を絞れば良いんだよ」

 不安がる鎬を引き連れて辿り着いたのは、真介の根城である口入れだった。
 真介への取り次ぎを頼めば、すぐに奥へと通される。
 先日とは打って変わり若い衆を引き連れ、鋭い空気をまとっていた真介だったが、平蔵をひと目見るなり目を見開いた。
 少々気になったものの、平蔵は単刀直入に切り出した。

「あんたを見込んでたのみがある」
「聞こう」

 平蔵は洗いざらい、輪天薬やさやについてを真介に打ち明けたのち続けた。

「ここらを締めてるあんたなら、かなりの所まで販売網を調べ上げてるだろう。正目が薬を掴んでそうな売り場所を教えて欲しい」

 頼む、と頭を下げる平蔵に、真介は深い深いため息をついて乱暴に頭を掻いた。

「たく、てめえは水くせえ」

 ゆっくりと顔を上げれば、愉快げな顔をした真介が、胡座に頬杖をついていた。

「運が良いのか悪いのか、とっておきをくれてやらあ」
「恩に着る」
「なあに。俺もどうしようか迷っていた案件だ。渡りに船って奴よ。吹っ切れた祝いに持っていきやがれ」

 にやりと笑う真介に、平蔵は一つうなずいたのだった。






 *






 真介の店で、昼飯までごちそうになった平蔵たちは、まっすぐ江渡を睥睨する城下、武家屋敷の並ぶ一画へと足を踏み入れていた。

 江渡の端から端まで歩いている事になっているが、平蔵も鎬も疲れが見えぬ足取りだった。
 途中、鎬が玖珂へと伝令を出した。
 折って創られた鶴が飛んでゆくのを見送った鎬は振り返る。

「合っているかいないかはともかく、足取りだけは知らせておかないと万が一の時に大変ですから」

 平蔵は後ろめたそうに告げる彼女の肩に手を置いた。

「保険はかけておくに超したことはねえよ」

 真介から話を聞いた鎬は、何度も本家へと協力を打診していたが反応が鈍いようだったのは平蔵にも察せられた。
 それもしかたがない。
 なぜならば真介は裏の人間だ。ご公儀である虚神狩りにとっては捕まえるべき存在に近い。

 さらにいえば、情報の出所がいけなかった。

 真介が平蔵たちを奥へと案内し、会わせたのは土竜の由右衛門だった。
 あの夜に逃亡していた由右衛門は、服はよれていたものの、顔色は良い。
 逃亡中とは思えない様子である。

『この男は、厚かましくも俺んところに取引を持ちかけてきやがってな。たたき出しても良かったんだが、話を聞くに俺も部外者じゃ居られねえんだ。おめえのほうが、有効利用できるだろう』

 これほど由右衛門の逃げ足の速さに感謝する日もないだろう。

『……虚神狩りになれなかったあんちゃんね。居たなあ』

 平蔵と鎬がよってたかって脅してすかした結果、由右衛門は身の安全と引き替えに重い口を開いた。

『わしもあいつも互いを利用して化かし合うだけの間柄だ。情なんてもんはひとっかけらもねえ。だがなあそれでも約した利益は守るのが筋ってもんだだがな』

 卑屈な恨みにすさんだ面構えで、由右衛門は平蔵たちを睨み上げた。

『あいつはその仁義すらどぶに捨てやがった。相応の報いをくれてやらなきゃ気が済まねえ』

『あなたをはめたのは誰なのですか』

 鎬の言葉に、由右衛門はにやあと、顔を笑みにゆがめた。

『聞いて驚くな。天下にとどろく正義の味方、火付け盗賊改め方の、砥部貴盛だ』

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