文字数 2,929文字

「生き残り、探さない訳にはいかないけれどな」

 船長が、呟いた。

「大量の闇の魔術の発動地点に、到達。前方の大型船上、該当」

 対魔章印の声が、ヒョウの胸元から響いた。少し離れて立つ黒ずくめの男にも聞こえていたかもしれないが、表情は動かなかった。冷静そうに見えたが、此の男に関してはその方が、異様だった。

 辺りに漂う中で一番強いのは、やはり、甘い様な腐った様な臭いだった。ますます、キツく成っていた。船員達も、顔をしかめていた。

 帆を全開のまま、岩壁に斜めに突っ込んでいったらしかった。
 縦に長い大岩が二本、巨大な門の様に屹立している所に、前の方はひしゃげて大破しつつ、嵌まり込んでいた。
 前の帆柱は倒れて、船体の横に覆いの様に、開いたままの帆が被さっていた。
 後ろの帆柱は残っていたが、帆は焼け落ちてしまった様だった。
 冬餉号より一回り大きい為に甲板上は見えなかったが、真ん中辺りから、それを目当てにやって来た所の黒煙が、今も上がっていた。
 側面に、人が通れそうな位の穴が、幾つか開いていた。

 二体の身体が、波で船体にぶつけられつつ浮いていた。黒く焦げて収縮して、種族も何も判らなかった。
 岩場にも、しがみついているかの様に一体の身体が乗っているのが、見えた。焼けてはおらず、種族は人間らしかったがはっきりとは、言えなかった。生きている見込みが無いのは、首が無い所で明らかだった。
 格好から見て、何らかの兵士らしかった。

「乗ってた数、俺の船より断然多かったんだがな」

 黒ずくめの男の足は相変わらず、細かく動いていた。

「あんたの、名前は?」

 ヒョウの言葉は、呟きに対する返事には成っていなかったが、スッと答が、返って来た。

「ガルキスの名を聞いた事が無いなんて、言わないでくれよ?」

「多分そうなんじゃないかって話、してたんだ」

「当たりでございます!知って頂けているとは、光栄だ!」

「依頼人の船、と言ってたな?」

「ザルゴリア」

「最高にも、最高だな」

 「自由諸国」内での争いの大半は、一方でセトの海沿岸という豊かな条件に恵まれつつ一方で、土地は痩せ、国も小さく、貧しい場に置かれざるを得ない同士。
 やむを得ない、勢力争いだった。
 ザルゴリアだけは、違った。先代の、トレク一世。当代の、トレク二世。二代続いて、もっとも流石に、好んで悪事を成すとまではいかなかったが。しかし、そういった雰囲気も確かに有った。
 周りに対して、策謀を巡らし。色々仕掛ける事を国の、あるべき姿としている様な所が有った。

 既に大分、大破した船に近い所まで来ていた。
 いつの間にか、五百号は冬餉号の後ろに付く形に成っていた。
 風は、船を操るのに程が良かった。船長は細かく、命令を出していった。



 一番速かったのは、エノシマだった。ヒョウとアルトナルドが反応した時は既に、ガイナルト船長を押しのける様にして、身構えていた。
 小島の上の方から、羽根の無い矢の様な、大きなトゲの様な尖った白い物が、船長の立っていた辺り目掛けて飛んで来ていた。

 誰にも、ジパングの剣士がどの様に剣を抜いたか見て取れ無かった。
 瞬間、腰の片刃の剣は片手持ちに、横殴りに振られていた。トゲの様な物は、跳ね飛ばされて、再び高々と空中に在った。
 甲板に、硬い音をさせつつ落ちた。
 巨大な牙、とも言えたが真っ直ぐな形は、大きな骨を削って作った槍の穂先とでも言った方が、近そうだった。
 白かったが、何か汚れている様な感じも有った。

「来る」

 アルトナルドが、呟いた。
 小島の頂きの向こうから、子馬程の大きさも有る、腐りかけた死骸の様な色をした細長い生き物が滑る様に、しかし波打つ様な感じも有りつつ、かなりの速さで、姿を現した。崖の様な斜面を、滑り落ちるというので無くあくまで取り付いた状態で下りて来た。
 と、突然大型船の甲板目掛けて跳躍した。巨大なナメクジを思わせる身体で、どうやって跳ぶ事が出来たのかは、判らなかった。船体に隠れて、姿は見えなくなった。

「来る」

 ヒョウが、呟いた。

 突然、投石器で打ち出されでもしたかの様に生き物の身体が、大型船から冬餉号へ向かって、飛んで来た。
 音も無く冬餉号の甲板に、着地としか言い様の無い物を見せた。

 乗組員達が、驚きと恐怖の声を上げた。
 セトの海を行き来していれば、色々な物を目にしていたが。これ程の異形は初めてかもしれなかった。

 確かに全体的な形は、巨大なナメクジを思わせた。
 そしてしかし、身体の下半分には、太い触手の様な物が何本も何本も不規則に生えており、胴体を持ち上げ、支えていた。それで滑らかに素早く動き、跳躍する事も出来るらしかった。
 突然、身体の先の方、頭に当たるのであろう所に穴が、丸く開いた。口という事なのか、中には、尖った歯とおぼしき物が何重にも、円を描いて並んでいた。

「可愛い!」

 黒ずくめの男ガルキスの口調には、本気の感じが有った。

 生き物は、ヒョウ達の方へ向かって跳躍した。
 足の役目を果たしている触手の動きには、それ程の力が有るとは見えなかったがその身体は、軽々と飛び上がった。一本一本それぞれ、かなりバラバラに動いていたが移動は、滑らかだった。実は身体は宙に浮いていて、触手はぶら下がっているだけかと思われる位だった。

 が、跳躍は、目に見えない何かにぶつかる事で阻まれた。空中に、陽炎の様な揺らめきが発生した。

 いつの間にかアルトナルドの手に、生き物の方へ突き出す様にして、銀色の杖が有った。先端には、大きな桃色の透き通る石が付いていた。
 杖の長さは、実際にそれを突いて使用するとしたらやや、短い位だった。

 生き物の、丸く開いた口らしき中から、尖った白い物がアルトナルド目掛けて撃ち出された。先程飛んで来たのと同じ物に、見えた。しかしそれは、やはり空中で跳ね返された。再び、陽炎の様な揺らめきが見えた。
 尖った物は激しく跳ねて、海へ落ちていった。

 ヒョウが、距離が有るにも関わらず片手で逆手に剣を、構えた。腰を、かなり低く下ろしていた。

「七武星よ!」

 言葉と共に、生き物の方へ向けて、しかし何も無い空間上に剣が、振られた。と、その軌跡上に突如、白い炎の筋が出現した。炎は生き物目掛けて、形有る物であるかの様に弧を描いたまま、撃ち出された様に宙を飛んだ。
 生き物に届いた瞬間炎は、崩れた。崩れてしかし、飛び掛からんとする獣の様な新たな姿を、形作った。
 そして、刃物の性質が有るとも見えなかったが、炎が触れた場所から生き物の身体に、切れ目が走った。
 そのまま炎は、獣の様な形を維持しつつ真っ直ぐ進んだ。生き物は、横一文字に切り裂かれていった。
 上半分と、触手足の生えた下半分が完全に両断されてそれぞれ、甲板にひしゃげた。血や、体液の様な物は流れず、内蔵みたいな物も無かった。

 アルトナルドが、何かを呟きながら銀色の杖の先端でそれぞれに、触れた。その箇所から煙が上がり始め、収縮が始まった。
 収縮は、全体に拡がって行った。煙と共にどんどん小さく、固くなっていくのだった。
 最終的には、魚の干物の様な物が二つ、転がっているだけとなった。

「懐かしの、皎峨獣」

 ヒョウが、言った。
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