エノシマの物語

文字数 5,996文字

 わたくしは、大海を越えた遥かな遥かな東にございます、カリガの国からやって参りました。ジパングと呼ばれる島の中にございます。
 もっとも、島と申しましても中々の広さ大きさ、ございます。多くの国がその中にございまして、互いに争っております。

 そういった地から何故わたくしが、国を出てジパングを離れて、此処までやって来たか?
 はい、最初ヒョウ殿とアルトナルド殿がわたくしを疑ったというのも、無理からぬ事です。わたくしは、何か商売の為にやって来たりした訳ではありませぬ。
 お二人は何となく、見抜いておられる様ですが。そう、わたくしが大海を越えてやって来たというのは、主君の仇を探す為です。

 …ああ、さすがに二人とも、驚いた顔はされませぬな。

 カリガの国の主は、ゲンドウ様と申します…かなり、強圧的な方ではありますが、戦には強く。国を守り、又大きくしてこられました。ただしかし、最近は大分老いられまして、知恵も判断もややおかしい事が多く成って来た事は正直、否定出来ませぬ。昔は、どれ程居丈高に成ろうとも理不尽は、されなかったのですが…。

 そして、わたくしの主君は、ゲンシン様と申します。ゲンドウ様の甥に当たります。
 ゲンドウ様にはお子が無く、もう一人の甥、ゲンソウ様を世継ぎに定められました。
 二人とも、親は異なっておられます。
 …あ、いや、単純にそこで世継ぎ争いが、生じた訳では!
 確かにゲンソウ様はやや意志が弱く、物を見る目も深いとは、申せませぬ。一方ゲンシン様は、優れたお人柄です。
 御自身は、武芸そのものには優れておりませんでしたが人の上に、立つ御方でございました。
 その下で、わたくしも何度も出陣しそこそこ、手柄は上げていたかと思います。

 とは言え、多分に年上だったという事にもせよ、とにかくゲンドウ様はゲンソウ様を世継ぎに、定められました。ゲンシン様はそれをわきまえ、絶対に世継ぎ争いが起こらぬ様、気を配っておりました。

 災いは、そうしてわたくしの仇の一人は、外の国からやって参りました。我が国から言えば、外、此の地から言えばつまり、此の周りの何処か、という事に成りますな。
 ともあれ、我々から言うと大海の彼方、遥かな西の国々からやって来たその男は、人間の魔術師でしたが、名前をカイ=ルンと申します。実に、女達が放っておかない美しく整った顔立ち、でした。
 初めて顔を合わせた時わたくし自身、少々怪しい気持ちを覚えた事は事実でございます。
 何故、カリガまでやって来たかについて当人は、此の地にしか無い、優れた魔力の源を探索しているのだと申しておりました。成る程、ジパングにしか無い特別な何かといった物もそれは、有るかもしれませぬ。
 とは言え、これが同じジパングの民であるなら此処まで易々と受け入れられ、もてなされるとはならなかったかもしれませぬ。言うまでもありませぬが、他所の国の回し者かもしれませぬからな。
 遥か西の地からはるばるやって来た事が逆に、その意味では怪しい者に当たらない証に成った訳です。

 カリガに限らず、ジパングの暮らしは余り、外の国々との行き来は有りませぬ。
 が、それでも時々、船は訪れます。様々に商売をして、去って行きます。そんな一艘からカイ=ルンも下り立ち、城の門を叩きました。

 ゲンドウ様は、滞在せんとする頼みを快く許されまして、珍しい客人としてゲンソウ様、ゲンシン様にも引き合わせました。その時に、ゲンシン様の御供としてわたくしも、顔を合わせた訳です。

 いや、確かに、忘れ難い者でした!驚く程、美しかったです…エルフかと思う様な白い肌、そのまま美女に化けても通りそうな顔立ち、輝く金色の髪…。遠くの不思議な物を見ているかの様な、眼差し。物腰は柔らかで、しかし話は面白いのです。一方で、腕の立つ魔術師でもあるという。我等の言葉も、滑らかに話しておりました。
 正直、あれ程美しく無かったとしたらゲンドウ様も、あそこまで親切だったか判りませぬ。
 あっと言う間に、女官達の間にも噂が、広まっておりましたし…あやつが滞在しておった間にそういった関係に成った者が、何人か居たかと思われます。

 そして…偶々の選択に過ぎなかったかもしれませんが結果、最悪をもたらしたと言えるかもしれぬのはあやつの逗留先が、ゲンガめの屋敷に成った事でしたな。
 名前から判るやもしれませぬが、ゲンドウ様ゲンシン様達とは遠い親戚に当たる様です。為に、重用されておりました。
 武将としての腕も、中々でしたが。 

 こういった事を引き起こしたから言うのでは無く元々、何処か人として信用、置けませんでした。愛想は良いのですが、何か、こう…平気で嘘を付ける所が有ったのです。
 為に、軍勢の先頭に立って戦うので無く、騙り事、企み…忍び込んで火を点けたり、敵を罠に掛けたりといった働きに、長けておりました。
 そこそこ大柄、顔立ちそのものは実直そうに見えます。
 豊かな髭を蓄えておりましたが、今はどうだか判りませぬ。

 己自身の、忍びの一団を抱えておりました。
 忍び、聞いた事が有りませぬか。影の者達、です。特別な技、体術に優れ、真っ向から戦っても手強い者達ですが。裏の、技…正に名前の通り、忍び込む事、隠れる事、姿形を装う事、盗み聞く事等々。さよう、暗殺も致します。味方には頼もしいですが敵としては、厄介な者達。
 ゲンガめが抱えておりました忍び達の長は、ヤシャオウというエルフでした。腕は立ちますが、忍びとしてさえ非道な事を、平気で出来るという評判も。

 ともあれ、カイ=ルンはゲンガめの屋敷に滞在する事と、成りました。
 確かにあちこち歩き回り、色々に話を聞き、調べておりました。
 ゲンドウ様の屋敷、ゲンソウ様の屋敷も、しばしば訪れました。

 確か二度、ゲンシン様の屋敷も訪れて参りましたが、我が主君が彼奴めに何か、信用出来ない物を感じていたのに気が付いてか、長居はしませんでした。
 そう言えばゲンシン様は、ゲンガめの事も余り、好んではおりませんでした。

「非道をせねばならぬ事も、有るやもしれぬ」

 一度、仰有った事が有ります。

「だが、非道を好む様に成ってはいかぬ」

 と…。

 昼間小雨が降り、涼しい夜でございました。いきなりゲンガめが、カイ=ルンを伴ってゲンシン様を、訪ねて参ったのです。
 数人の供に松明を持たせ、かなり急ぎの様でした。
 勿論、ゲンシン様は驚きましたが丁寧に出迎え、客人の間へ案内した訳でございますが。
 その時、新たに参った者が有ったのです。見知らぬ顔でしたが、最近雇われたのだそうで、ゲンソウ様からの使いだという。わたくしに、急いで屋敷に来る様にとの仰せでした。
 その、使いの者を目にした時わたくしは何故か、非常に嫌な感じを覚えました。
 その者に対して感じたとも言えますし、何かもっと大きな、全体に対してだったかもしれませぬ。
 ですが、使いはゲンソウ様の印を持っておりましたし、いずれにせよ無論、行かない訳に参りません。
 わたくしは、ゲンシン様にその事を伝えると、自らも松明を持ち屋敷を出ました。

 暫く、進みました…が、嫌な感じはますます、強まります。わたくしは遂に、使いだという者に止まる様言いました。

 今にして思うと、嫌な感じの一端は、そやつの歩き方でした。特別、何か有った訳ではありません。ですが…些か武芸を嗜んだ身として、相手の強い弱いや色々な事が当然、見えます。例えばヒョウ殿は、精霊術を使われるそうですが。普通に剣を振るわれても、中々かと存じます。
 あの、ガルキスなる者は自ら剣を取って戦う事は、しなさそうですな。もっとも、指揮を取る者としてそれは、恥ずべきでも何でもありませぬ。しかし、バルキエールなる者は、手強そうです…産まれ持った身体の強さに加えてかなり、修練も実戦も積んでおります。危険な者、です。

 そう、その時使いに来た者の歩みにも、危険な物が有ったのです。腕が立つ事自体は無論、何の不思議も有りませぬ。ですが、それとは違う何か…何とも、言い難いですが。正々堂々と戦ったのとは違う、後暗い物が。
 わたくしは、顔をもっと良く見せる様に呼び掛けました。確かに初めて見る顔でしたが、何か引っ掛かる物が。いずれにせよ夜でしたから、それ程はっきりは見えていなかったというのも有ります。

 あやつめは、立ち止まってゆっくり、振り返りました…が、目が合ったと感じた瞬間、いきなり、手にした松明をこちらに投げ付けて参りました。こちらも既に、怪しいと見ている訳ですから不意を突かれるという事は、有りませぬ。剣を抜いて切り飛ばし、避けた訳ですが。
 持っていた松明を投げ捨てたのですからその姿は暗闇に沈む訳ですが。のみならず、投げると同時にすばやく身を隠したと見え、そちらに目をやると。全く相手の姿も気配も、消えてしまっておりました。
 目を凝らし、耳を澄ませましたが何も見えず、動く物音もしません。木々が風に揺れるざわめきのみです。
 闇の中から何かしら、仕掛けてくるかと思いましたが全く、その様子も有りません。まるで幻に、案内されてでもいたかの様でした。

 暫くそのままで居ましたが、やはり動きは有りません。
 と、その時、何やら邪悪な、気の流れ、波の様な物を突然感じました。しかしそれは、わたくしに向けられて来た物では無く。
 背後から、今歩いて来た道の先から、つまりお屋敷の方から流れて来たのです。
 思わず振り向いた時、鐘が打ち鳴らされる音が、響き始めました。危急を知らせる、鐘です。激しく、打ち鳴らされています。
 わたくしは、襲われる危険も捨てて、屋敷の方へ駆け出しました。

 走りながら、心の奥底では既に、待ち構えている破局について感じ取っていた気がします。

 屋敷は、大変な混乱と成っておりました。仲間達が松明や武器を手に右往左往し、声を掛け合っておりました。鐘は未だ、鳴らされ続けておりました。
 しかし、全てはもう、無意味だったのです。

 わたくしが離れて直ぐ、ゲンガめとカイ=ルンが、いきなりゲンシン様を襲って殺していたのです。

 側に居た者達も、殺されておりました…ゲンガめが連れて来た供の者達は皆、あやつの忍び達だった様です。
 言った様にゲンシン様は、武芸そのものはさして、お強くありませんでした。
 いずれにせよ、如何に信用出来ない物を感じていたにせよ、いきなり襲い掛かるなど余りに、有り得ない事でした。カイ=ルンはともかくゲンガめは、長年忠実な家臣だったのです。

 しかし、理由は有ったのです。
 ゲンソウ様の屋敷には、カリガに伝わる宝器を収めた宝物庫が、ございました。
 ああ、いや、城にも、ゲンドウ様の屋敷にも、ゲンソウ様の屋敷にも有ったのです。つまりは、全く一つ所に収めておいたならば何か有った時、一度に全てが駄目に成ってしまうかもしれないという話です。

 ゲンシン様の宝物庫には、もっぱら、ジパングでは無い外の国からもたらされた物が、置かれておりました。
 ゲンシン様を殺したのは、常に肌身に着けている鍵を取る為でした。そしてあやつらは、中からたった一つだけを盗って、逃げ去ったのです。その一つを盗る為だけに、我が主君や供回りの者達を、殺したのです。

 それは、その昔、妖魔の一団を引き連れてジパングにやって来た邪悪なる魔術師が、大いなる霊峰フジの近くの平原で打ち倒された後、残された持ち物の一つだという腕輪でした。
 良くない力に関わる物として、呪符で封印されておりましたが実の所、魔力はさして無かったそうです。
 わたくしも、実際には目にしておりませぬが、大きな赤い石と大きな黒い石が一つずつ、並んで付いているそうです。
 イスキオール、と呼ばれておりました。

 それが、何故、そんなにも大事だったのか?謎です。
 が、たまたま目に付いた物を適当に盗んでいった訳で無い事は、申すまでもございますまい。
 カイ=ルンが話を持ち掛け、ゲンガめが乗ったのであろう事も、間違い有りませぬ。
 全ては、計画されておりました。
 ゲンソウ様の使いと名乗って私を、屋敷から離した者も間違い無く、ヤシャオウ配下の忍び…或いは、姿形を別人に装っておりましたが、ヤシャオウ本人だったかもしれませぬ。
 どうもそんな気が、致します。
 襲っては来なかったのは、何故か判りませぬ。こちらも怪しんでおりましたから、不意を付くのは無理でしたでしょうし。わたくしを、とにかくゲンシン様から引き離しておけば良かったのかも、しれませぬ。

 ともあれ、ゲンガめらは目当ての物を手にすると、駆け付けた者達をすり抜けて逃げてしまいました。
 カイ=ルンが術を使い、向こうは何とも無いにも関わらずこちらの者達には、煙や霧が立ち込めた様に成って殆ど何も、見えなくなったそうです。わたくしが突然感じた邪悪な気というのは恐らく、それだったのでしょう。

 混乱、騒ぎについて詳しく話しても仕方無い事です…わたくし自身、呆然となって余り、良く覚えていないのも事実です。
 朝に成って八方に人が走りましたが、カイ=ルンとゲンガめは、忍びを引き連れて全く、姿を消しておりました。

 勿論、大変な騒ぎに成りました…が、此の事に対するゲンドウ様の扱いは、極めて手ぬるい物だったのです。
 明らかに、二人が企てをして為した事でした。欲する物を得る為に、邪魔に成る者達を、容赦無く殺した…しかし、裁きとしては、ゲンシン様とゲンガめが口論と成り、争ってやむを得ず殺す事と成ったかの様にされました。盗みについては、触れられませんでした。

 勿論さすがに、追手が出されなかった訳ではありませぬ。ですが、あやつらがカリガを離れたらしい事が明らかに成った所で何となく、沙汰止みです。

 裏でゲンドウ様が糸を、引いていたとは思っておりませぬ!正直に言うと、そういった事を企てるにはお知恵が、もう回らなくなっておられたと思います。
 ですが、ゲンガの行いにこれ幸いと、乗った…ゲンシン様は、明らかに優れたお方です。世継ぎと定められましたゲンソウ様は比べれば、見劣りは致します。
 ゲンソウ様がカリガを継がれたならば、争いが起こるかもしれませぬ…国が乱れるかもしれませぬと、それを防ぐ物としてゲンガめの行為は結果、良かったのではないか。
 こうゲンドウ様は考えられ、争う相手がいなくなってくれたゲンソウ様も、はっきりとでは無いにせよそういった事を、話されたのかもしれませぬ。

 とにかく、ゲンガめとカイ=ルンは、罪人ではありますが、特に追われも裁かれもしない身となって、行方を消してしまいました。

 ですからわたくしは、カリガを離れ、主を持たない身と成って、どれ程望みが薄かろうともあやつらを見付け出し、仇を討つ事を誓った訳です。
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