文字数 2,614文字

 小舟に乗り込んだのは、船長と乗組員が三人、ヒョウ、アルトナルド、エノシマ、ガルキスだった。

「あそこの穴から、入ろう」

 ヒョウが、言った。船体の脇腹に開いた内、一番低い位置に有る物の事だった。

「潰れてる船首に回る手、有るんじゃないか?」

 アルトナルドが言ったが、ヒョウより先に答えたのは、船長だった。

「確かに、入り易そうだが…あれだけ壊れてる所に足乗せたら、更に壊れ出すかもしれん。横の、穴だろうな」

 それからの時間は、誰にとっても思い出したく無い物だった。ガルキスも、静かだった。
 もっとも、死体はさほど目にしなかった。襲った者達が大半を、海に放り込んだと見えた。しかし、それでも何体か、戦いとも言えなそうな戦いで容赦無く命を絶たれた姿を船内にも甲板にも、見せていた。
 刀傷ばかりでも、無かった。焦げた、姿。大きく貫通して開いた、穴。
 そして、残された死体より遥かに多くの命が昨夜絶たれた事が、目に見える痕跡としても目に見えない何かとしても、はっきりと強烈に、伝わって来るのだった。

「俺が言うのも、何だけどな…」

 全員、甲板上に集まっていた。呟いたのは、ガルキスだった。

「やった奴等、酷えな!」

 冬餉号を襲って、乗組員を皆殺しにしていたかもしれなかった男の言葉としては奇妙だったが、誰も、不自然には感じなかった。あちこちから煙がまだ立ち上り、腐臭や、例の甘ったるいがひたすら不快な臭いが立ち込める破壊された船上には、殺されたであろう者達の多さによっても説明付かない、邪悪としか言い様の無い物が漂っていた。
 それは、殺戮を楽しみ血に狂った者達の狂乱では、無かった。もし、そうだったならば此処までの邪悪さは、感じなかったであろう。

 言ってからガルキスは、小島にくっつかんばかりに成っている側の柵まで移動すると、そこに手を掛けて岩肌を見上げた。それから、見下ろした。と、唸る様な声を上げた。

「何か、有ったか?」

 ヒョウの問いに、黒ずくめの男は頭を左右に揺らしつつ、下を指差した。ヒョウも、すぐ脇まで移動してから見下ろすと、船体と岩肌の間に囲まれた様に成っている水面に、青い長衣を着た身体が仰向けに浮いているのが、見えた。

「以前に、そちらでお見掛けしたな」

「ま、判ってるだろうけどな!依頼人様だ!」

「ザルゴリア?」

「あの国で何やってる奴だったのかは、知らないけどな!」

「折角だから、一つ…今の内に、聞いておきたい事が有るんだが」

 思い出した様にヒョウは、言った。アルトナルドや船長、エノシマが視線を、向けていた。

「あんたの仲間に、誰か赤覇エルフ居るか?」

「いきなりだな、おい!」

「済まんな」

「赤覇?いきなり、何なんだよ…確かにあの連中は、肌の色似てるけどな!性格は、合わなそうだよな!」

「居ない?」

「いねえって、言ってんだろ!」

「ザルゴリアの連中の、中には?」

「知らねえよ!全員並ばせて一人一人、顔見たりしちゃいねえ…多分、いなかったぜ!」

 暫く沈黙してからヒョウは、柵を離れて甲板の真ん中に居る、仲間達の所に戻った。引っ張られる様にガルキスも、続いた。

「船内に、何か有ったか?」

 ヒョウの問いに、船長が答えた。

「食料庫は、手付かずだったな…破損も、そんなに」

「他所には、殆ど何も残って無い…というか、食料以外特に何も積んで無かったんだな」

 アルトナルドが、言った。

「生き残り、無し…徹底してますね」

 エノシマが、付け加えた。

「自分は、船長室らしい所に入った」

 ヒョウが、応じた。

「何か有るとすれば、そこじゃないかと思ってたが…内側から焼かれたみたいに成ってて、何もまともな物は、残って無かった。有った物全部壊してから部屋の真ん中に積んで、焚き火したみたいだった。ただ、それだけ丁寧に何やらやったって事は、つまり何か、有ったんだな」

「有ったんだろうな」

 アルトナルドが、応じた。

「それで、だ」

 ヒョウの目はガルキスに、向けられていた。相変わらず、船上には不快な甘い臭いが、漂っていた。

「これ嗅いでると本当、おかしく成って来るな…ともあれ、なあ!そろそろ改めて、お互い腹割って、話する頃じゃないか?」

「偉そうな口、利くじゃねえか」

「あんたにだけ、話せっていうんじゃ無い…こっちにも、色々有るんだ。とにかく、ザルゴリアから依頼、有ったんだよな?一体何が狙いだったのか、何が有ったのか全部、話してくれて良い頃じゃないか?」

 言うと、ガルキスの返事を待たずヒョウは突然、ガイナルト船長に目線を移した。

「だがその前に、だ!船長!正直俺達はどうも、分かれ道に立ってる気がする…いや、多分どっちに進んでも、マズいんだが。此処で、ガルキス殿に色々話して頂くと、答が出てめでたしじゃ無く、ますますマズい事に繋がっていく気がする…だから、道は二つ有る」

 ガルキスも含めて、誰も言葉を発しなかった。

「一つは…正直な話、此の船に、助けられる奴もいない。乗客も、とにかく殆どの荷物も無事って事で、此の場で直ちにガルキス殿とお別れして、色んな事に目を瞑って蓋をして、別々の道を行く。その後、厄介事がこっちに降って来るかは、運を天に任せる。」

 大きくは無かったが、ヒョウの声はやけに遠くまで、通った。

「もう一つは、ガルキス殿に全てを話して貰い、こっちも、見せられる手の内は全部出しちまう…色んな事がスッキリするが、その代わり問題も面倒事も大きく成って、ドップリ嵌まっちまう。腹括って、立ち向かうしか無い」

 ヒョウが言葉を切っても、船長は暫く返事をしなかった。冷たく睨む位の目付きで暫く、目の前に居る傭兵を見つめていた。
 突然、笑みが浮かんだ。武骨な顔立ちに突然、ガルキスに似た佇まいが生まれる笑いだった。

「ヒョウ・エルガート!」

 笑みは、変わらなかった。

「ずっと、一味違うと思って来たが…つくづく、お前とアルトナルドは、面白いよ!言う通り俺達は、長く掛かりそうな深い厄介事に、嵌まりこんじまったな…。あのな!嵐に、出くわすよな?出来る限り安全な所に避けて、さっさと逃げ出すのが当然なんだがな、かと言って一旦出くわしちまった以上な、何も危ない事が無い様にしよう、損害も無しにしようと腰が引けてると、かえってヤバい事に成るんだよ…やっぱり腹括って、立ち向かう度胸も必要なんだよな」

 船長は、ガルキスの方に向きを変えた。

「全部、話して頂きたい…こちらからも、幾つか有る」
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