痕跡

文字数 2,191文字

「御三方!恐れ入りました…良い腕だ!戦わなくて、大正解!」

 言いつつガルキスは、両手を広げた。

「どうも」

 アルトナルドが、答えた。

「皎峨獣?」

「混沌界の生き物と妖魔界の生き物、掛け合わせたらしい」

 今度は船長の問いに答えると、アルトナルドは収縮し切った二つの物体を、銀色の杖で海へ落とした。最初に飛んで来た白い物も、落とした。

「触らない方が、良い」

「使い魔なのか?」

「もっと単純に、猟犬みたいな…世話出来れば、だが。飼って、馴らして、戦わせたり出来る…あの船襲った奴等が連れて来てて、取り残されたんだろ」

「欲しいな!」

 無論、ガルキスである。

「色んな話、有り過ぎだ…どうして良いか、判らん!」

 言いつつ、船長の表情は冷静そうだった。

「皎峨がもっと居るんだとしたら、とっくに襲って来てるだろ」

 ヒョウは、懐から対魔章印を取り出した。

「これで調べたからといって、全て確認出来る訳じゃ無いんだけれど」

「折角、我が力を発揮してやろうというのに、それが言い種とはな」

 お皿状の黒い物体から声が発せられてもガルキスは、全く表情を動かさなかった。が、自分達の護衛がそういった物を持っていると知らなかった冬餉号の乗組員の中には、驚きを見せた者も居た。

 エノシマは何も言わず、全体を見守っている風だった。

「感知機能、発動」

 響きは大きいが、無機質な声が章印から、発せられた。角ばった文様に表面に走る何本もの赤い線が、やはり赤く、光り始めた。突然章印はヒョウの手を離れ、空中にスッと、浮かび上がった。そのまま滑らかに、大破した大船の方へ宙を、移動していった。

 船長は乗組員に、小舟を下ろす準備を始めさせた。

 煙が流れてくるのはどうという事も無かったが、辺りに漂い続ける、妙に甘い臭いには誰も、慣れなかった。毒性が有る、というのでも無さそうだったが嗅いでいると、何か苛々するのだった。

「『対魔章印』!しかも、喋る奴か…高く売れるぞ!」

 ガルキスの言葉に、ヒョウとアルトナルドが視線を向けたが、口を開いたのはアルトナルドだった。

「さすが、御存じだったか…というか、他にも章印、しかも喋る奴、見た事有るのか?」

「ガルキス様だぞ」

 黒ずくめの男は、笑みを浮かべた。

「甘く、見なさんな…もっとも、喋る奴見たのは今まで、一度切りだけどな!」

「おい、一度有れば、大したもんだよ…後で、それはそれで詳しく聞かせてくれ」

 対魔章印は、崖に食い込んだ船体の上を穏やかで滑らかな動きに、ゆっくり飛び回っていた。
 と、船上に向かって降下し、見えなく成った。

「あの皎峨は、船内に生きている者がいないから、島に居たんだろうな」

「やるべき事を、やるまでさ」

 ヒョウの言葉に船長は、呟く様に答えた。

「あんたの、乗組員達…一緒に、来るか?」

 アルトナルドが、ガルキスに言った。

「可愛い可愛いバルキエールと何人かは、ずっと組んで来た奴らだが…残りは正直、かき集めて来た連中でな。あいつらからすれば、契約の仕事はもう終わった…これを調べに来た自体余分で、話が違うと思ってるだろうよ」

 一旦名乗ってしまうとガルキスは、あけっぴろげだった。
 ヒョウ、アルトナルド、船長、エノシマはそれぞれに、その様子を見つめていた。

 対魔章印が再び、大型船上に浮かび上がった。冬餉号の方へ、戻って来た。
 甲板上まで来て、静止した。

「検査結果」

 やはり、無機質な声だった。

「大量の、闇の魔術の発動痕跡」

 「闇の魔術」という言葉が妙に、重たく響いた。

「全て、戦いに…或いは殺傷行為に関わる性質…『炎曝』八発」

「火の玉みたいなの射ち出し、更に、当たると爆発する…あちこちに開いてる穴は、それだろうな」

 アルトナルドが、言った。

「『羌雷』十八発」

「いわゆる、『魔法の矢』の一種」

「『鈼刃』六人が、使用と思われる」

「『力の刃』の一種で、剣が魔力で強化される…確か、切れ味が増すとかじゃ無く毒塗ったみたいに、成った筈」

「『ガザ・クーン』二発」

「『爆炎』だ…上級だぜ、おい」

「『汚染』や『罠』は?」

 ヒョウが、口を挟んだ。

「無し…全ての発動は過去の痕跡としてのみ、存在する」

「良かった」

「『汚染』というのは、毒ぶちまけたのが残ってるみたいに、今も影響与えて来る何かが有るかって事で、『罠』ってのは言葉通り、近付いたりすると発動して来る何か仕込んであるかって話だ…判るかも、しれんが」

 誰にというのでも無く、アルトナルドが説明した。

 決して錨を下ろす状況でも無い為、冬餉号をその場に留め置くにもそれなり、操船が必要だった。
 大破し、無数に殺戮の痕を留めた船、奇怪な生き物との一瞬の、戦い。乗組員の動きだけがいつもの世界に近いのが逆に、奇妙だった。
 逆に言えば皆、いつも通りの作業をする事で目の前の状況、出来事から目をそらしてもいた。

「此処からは機能外、正確には言えぬが」

 章印の声が、変わった。

「船上にも船内にも生き残ってる者は恐らくおらぬし、一方で、何物も襲っては来ぬであろうぞ」

「皎峨みたいなのが居たらとっくに、襲い掛かってきてるだろうし」

 言いつつヒョウは、何か考えている風だった。

「他に、調査結果は?」

「細分析の、結果。魔力の発動者達がエルフの可能性、73.7%。赤覇エルフの可能性、52.3%」

 誰も、目を見交わしたりはしなかった。

「小舟、出そう」

 船長が、言った。
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