2. 助けた少年の正体

文字数 1,666文字

 行き止まりにきたライカ王子は、追いかけてきた男たちを振り返った。すでに取り囲まれ、完全に逃げ道を(ふさ)がれている。この中では最も古株である従者が弱り果てた表情を浮かべていた。

 その彼の心境としては、強引にでも今すぐ腕を引っ張って連れ戻したいところ。だが、手を出すわけにはいかない。

 なにしろ、相手は国王のご子息、それも王太子なのである。

 男は重いため息をつくと、うやうやしく一歩近づいた。

「殿下、間もなくルイズバーレン王国からビアンカ王女がはるばるお越しになります。それも、ライカ王子殿下にお会いできるのを心待ちに、お一人で。殿下もお出迎えの準備をなされませんと。さあ ―― 。」

 ところが突然、男は、背後から誰かに肩をつかまれた。やったのは(ひか)えている同胞の誰でもない。

「俺の連れに何しやがる。」

 そして次の瞬間、男はその誰かにぐいと後ろへ引き戻されて、尻餅を付いていた。

 地面に両手をついて唖然としたまま、よくよく見てみると、どこからともなくそうして現れたのは、全く見覚えのない金髪 碧眼(へきがん)の美青年だ。

 男たちは頭を寄せ合い、困惑しながら(ささや)き合った。

「連れと言ったか?」
「王子ではないのか?」 
「いや、そんなはずは・・・。」
「では、この男は何だ。」

 不思議そうな顔で、金髪の青年とライカ王子・・・に見える少年を交互に見ていたその男たちは、何か戸惑うような、うろたえるような素振りを見せたものの、やがてその場から立ち去った。人違いならいろいろと知られては厄介だ。

「何だあいつら。」

 それをしばらく目で追っていた金髪の青年 ―― リューイは、首をかしげて少年に向き直る。

「どうして追いかけられてたんだ。」
「・・・・・・。」
「何かマズいことでもやったのか。」
「・・・・・・。」
「何かされたか。」
「・・・・・・。」
「・・・どうして、黙ってるんだっ。」

「余を・・・連れと申したな。」

 リューイは仰天(ぎょうてん)して、思わず二、三歩 (あと)ずさった。

「誰だ・・・お前。」





 結局のところ、その少年は(まぎ)れもなく、リューイがカイルだと思い込んでいただけのライカ王子である。五分も一緒にいれば黙っていても違うと分かっただろうが、最初は本当に見抜けなかった。

 そんなライカと共にリューイは少し歩いて、広くなった場所へ出た。そして大聖堂の(おもて)階段の前に来ると、二人はそこに並んで腰を下ろした。目の前を、多くの人が忙しなく通り過ぎる。そんな朝の喧噪(けんそう)を見つめながら、二人は話をした。

「ふうん・・・王宮って、そんなにつまらない所か。」
「毎日、同じことの繰り返しだ。それでは外は見えぬ。俗世が知りたくなったのだ。」
「・・・俺も似たようなものかもな。外の世界がこんなにも広いって、俺も、実際出てみて分かったよ。」
「そなたは・・・。」

 ライカは隣にいる、外見は貴公子のような彼をまじまじと見つめた。そして首をひねった。だが、今ひとつ粗野だな・・・と。

「ああいや、出たといっても、ただし森をだ。アースリーヴェっていう。」
「アースリーヴェ?」ライカはさらに耳を疑う。「そこは秘境ではないのか。それは、オルフェ海沿岸の南の密林の名であるぞ。」
「らしいな。密林と森ってどう違うんだ? 俺は森ってじいさんに教えられたよ。そのじいさんと友達と暮らしてたから――。」
「友達? 人が大勢住めるような所なのか?」

 ライカは興味津々の様子で、身を乗り出してきた。

「いや、人はじいさんと俺だけだった。友達はみんな動物だ。ヒョウとかトラとか。だからあんまり頭よくなくてさ。悪いんだけど、あんたが俺なんかよりずっと(えら)い人だって分かっていても、言葉が分からなくてさ。その・・・あんたに対する特別なしゃべり方が・・・。」
「素晴らしい!」ライカは興奮して立ち上がった。「いや、実に新鮮だ。構わぬ、そなたが好きなように話すといい。」
「はあ・・・。」

「ところで、連れとはどういうことだ。」
「ああ・・・まあ、来いよ。会わせてやるよ、連れに。まだ帰る気ないんだろ。」

 リューイもそう言って立ち上がり、ライカを手招(てまね)いて歩きだした。

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