10. 初めてのデート

文字数 1,326文字

 金の刺繍(ししゅう)が入ったベストを(しげ)みの中に脱ぎ捨てたカイルは、ビアンカに、宝石だらけの髪飾りやネックスなどの装身具を全て外すように言った。するとビアンカの衣装は、生地は一級品ながら地味なドレスたちまち早変わり。二人はそれから王宮を抜け出して、繁華街までは行かずに、城に近い商店街へと繰り出した。 

 ビアンカが最初にひかれたのは、手作りのアクセサリーが並んだ小さな露店だった。アクセサリーといっても、見た目に美しいというほかに、希少(きしょう)性や耐久(たいきゅう)性、そして硬度(こうど)などにおいて、その条件を満たしている、宝石と呼ばれる高級品が使われているものは、一つも無い。色もついて綺麗だが、それには、とうてい及ばないただの天然石や、自然にある小枝や貝殻、皮紐(かわひも)布生地(ぬのきじ)などを素材に、センスよく工夫して制作された、庶民が手軽に購入できるハンドメイド商品である。

 そこで立ち止ったビアンカは、それらの可愛らしくて温かみのある品物を、キラキラした目で眺めながら、カイルを手招いた。

「ライカ様、いらして。ビアンカね、これがとても気に入りましたわ。」

 カイルは、着替えた時にポケットに入れなおした自分の財布を出した。出掛けた時から、たまたま仕事道具とは別にして、ずっと持ち歩いていたものだ。

「じゃあ、それにしよう。おばさん、この髪飾りちょうだい。」

 カイルは、それらアクセサリーの製作者でもある店の女性にそう声をかけたが、その店主は案の定という反応を見せた。

「まあっ、王子様! なぜこのような場所へ。」
「人違いです。さっきから何度も言われるんだよね。」
 彼女は狐につままれたような顔をして、そう答えた少年をよくよく見つめた。
「ああ、驚いた。無理もないよ、ほんとそっくりだよ、あんた。可愛い子だね。おまけしてあげるよ。」
「ありがとう。」

 店を出ると、カイルは通行人の邪魔にならないよう、道の(すみ)へとビアンカを連れて行った。そこで、先ほどまで宝石の髪飾りが付いていた彼女の横髪に触り、耳の上にそっと掻き上げ、たった今購入してきた髪飾りで留めてあげた。黄色の花をあしらった、質素だが洒落(しゃれ)たヘアピンで。

 その間、ビアンカはドキドキしながら、幸せそうな顔でおとなしくしていた。この王女様にとっては、夢のようなひと時だった。

「うん、君は可愛いから、すごくよく似合うよ。」

 ビアンカは嬉しくなって、クルリと回ってみせた。行き交う人々はたくさんいて、それを可愛いらしいと笑みを向けてくる者もいたが、それだけだった。

「ライカ様、ごらんになって。ほら、誰もビアンカに構おうとしませんの。こんなに解放的な気分は初めてですわ。」
「ビアンカは一人が好きなの?」
「独りぼっちは嫌ですわ。でも、部屋の外でだって、一人になりたい時がございますの。一人でしみじみと、自然の中でライカ様のことを思っていたい時がございますのよ。」

 カイルはこの時、自身が偽者(にせもの)であるということに、ひどく罪悪感を覚えた。

「ビアンカ・・・楽しい?」
「ええ、とても。だって夢が(かな)ったんですもの。ライカ様と二人で自由にしていられるなんて、夢みたいですわ。」
「はは、夢が叶ったって言ったじゃないか。なのに夢みたいだなんて。」
「まあ、ライカ様ったら意地悪ですのね。」



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