3. 逃走中

文字数 2,114文字

 いつものように、ひとり街で《いきなり青空占い》と《即席診療所》を一緒に開いていたカイルは、たった今、やっとの思いで仲間たちのいる宿へと駆け戻ってきたところ。突然、制服姿の男たちに囲まれて、訳の分からないことを必死の形相(ぎょうそう)で言われたので、思わずその場から逃げ出してきたのだ。

「た、たた、助けてっ!」

 そう血相を変えて帰ってきたカイルに、ギルはまず長いため息をついてみせた。この少年がこんなふうに取り乱したことといえば、ニルスの呪われた離宮で化け蜘蛛(ぐも)を見た時くらいである。※

 宿のその部屋にいたのは、今はギルとエミリオ、そしてシャナイアの三人だけだった。ほかの者は朝から出掛けている。

「今度は何が出たんだ?」と、ギルはきいた。
「わわ、分からない! なんか・・・変なこと言ってる。」
「はあ?」

 そこでギルは、ドア越しに近づいてくる複数の気配を感じ取った。
 気配は部屋の前で止まった。そして静かに耳をすますと、続いてノックの音が。
 それは丁寧に響いてきたが、相手はこちら側にカイルしかいないと思っているのか、何やら困っている様子でいきなり話かけてきたのである。

「そこの少年、何とぞ話を聞いてくだされっ。」

 ギルはカイルを見つめながらドアに歩み寄り、ノブに手をかけた。

「ああっ、ダメだよ!」

 そう言われても、気になって仕方がない。怪訝(けげん)そうにカイルを見つめたままのギルは・・・結局、ドアを開けた。

「ダメだってばあっ!」

 するとそこにいたのは、そろいの制服を着た五人の男。

 カイルはあわてて下がり、エミリオを(たて)にして隠れた。

 ところが、ある理由からここで両者 ―― ギルと男たちのリーダー ―― は唖然(あぜん)となる。

 だがすぐに男は気を取り直して、先に礼儀正しく挨拶をした。それから彼は名乗り、そして、自分たちはこの国の王家に仕える家来だと説明を加えた。
 それに対して、ギルもごく自然な態度で、例によってギル・フォードという偽名を使い、ただの旅人であることを伝えた。

「まあ・・・どうぞ。」

 男たちを中へ通したギルは、そのままテーブルの椅子へ案内した。リーダーの男だけがその椅子に座り、ギルも向かいの椅子を引いて腰掛けた。

 男は、とりあえず話ができそうなギルに向かって、さっそく事情を説明し始める。

 シャナイアが気を利かせて、水を入れたコップを一つテーブルにそっと置いた。もちろん、男のために。それに軽く頭を下げた男は、彼女が続いて部下たちにも同じものを振る舞ったのを見ると、許可するという意味でうなずいてみせた。ずっと走ってきたこともあって(のど)が渇いていた男たちは、遠慮もせずにそれを飲み干した。

 窓が開いていて外の騒音がしていたので、静かな落ち着いた声で話す男の声は、同じ部屋にいても、ほかの者たちには少々聞こえ(づら)い。

 ギルの背後から少し離れたところには、不安そうな顔で様子をうかがっているカイルがいる。まだエミリオを盾にしながら。

 そしてある時、そんなカイルを振り返って、ギルは顔をしかめた。

「いいんですか・・・あれで。」と、ギルは言った。
「ええ、非常に似ていらっしゃる。今日一日だけなら、誰にも分からないでしょう」
「いや、でも・・・どうかな・・・少し間が抜け・・・じゃなく、声や雰囲気で分かってしまうのでは・・・。」

「今、何てっ。」と、カイルもつい詰め寄った。どさくさ紛れに人のこと何だって?
 
 だが、冗談好きのギルであっても、その顔は少しもふざけてなどいない。
「ほんとにいいんですか?」と、ギルはカイルに手を向ける。

「だから何 ⁉」

 二人が些細(ささい)なもめ合いをしているそのうちに、部下の一人がさりげなく寄ってきて、リーダーの(かたわ)らに(ひざ)をついた。

「しかし本当によいのでしょうか。いらっしゃるのは、あのビアンカ王女なのですよ。」
 その部下は慎重に、極めて目立たないよう、そんなことを囁きかけた。
「だからではないか。わざわざ王女が時間をお作りになられて、お一人でいらっしゃるのだぞ。もし王子がいないとなると、ビアンカ王女をどう(なだ)めたらよいのか。王女は一度泣き出したらなかなか・・・。」

 そこでリーダーは、一緒に目を向けてくるギルとカイルの視線に気付いて、咳払(せきばら)いを一つ。

「あ、いや、これは失礼・・・。」

 黙って様子を見ていただけのエミリオも、さすがに声をかけずにはいられなくなる。
「ギル、いったいどういうことなんだい。」

「ああ・・・カイルがこの国のライカ王子とそっくりだから、しばらく王子の身代わりになって欲しいそうだ。何でも大事な来客が来るとかでな。」
 そこで口に手を当てたギルは、カイルの耳元で声をひそめた。今、向かいに座っているその男に聞かれると、きっと不審(ふしん)がられるからだ。
「だから、この国に入る前に言っといたろ。注目されるかもしれないが、気にせずいつも通りに振る舞え。それで恐らく混乱は避けられるって。」

「ああっ、それでみんな僕のことジロジロ見てたんじゃあっ。もう、説明 (おこた)らないでよ!」

「ご本人は・・・?」と、エミリオ。

「お恥ずかしながら・・・。」
 男は肩をすくめた。

「逃走中。」と、ギル。





※ 第6章『白亜の街の悲話』― 「40. 巨大蜘蛛」

 
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