5. 登場、ライカ王子

文字数 2,574文字

「ところでギル、彼らは君を見るなり目を丸くしていたようだが・・・違うかい。」
 部屋に戻るなり、エミリオがきいた。

「ああ実はな・・・ようく知っているんだ、そのカイルにそっくりな王子を。だから、カイルと出会った時は、我が目を疑ったものだった。ちなみに、あの男も知っている。ライカの最側近だが、世話役でもある男だ。」

「それで、この国に入る前に、カイルにあんな助言を?」

「そういうこと。父上は、トルクメイ公国同様に、ここステラティス王国にも目をかけている。俺も何度かこの国を(おとず)れ、その度にそのライカ王子と会っているんだが・・・妙に好意を寄せてくれてな。遠慮のないガキ、いや、王子で、俺に女性の扱い方なんぞを堂々ときいてきやがった。余は女子(おなご)の心が分かりませぬ。ギルベルト皇子は、例えば夜を共にする時、何とお声をかけてやるのですか・・・とな。」

 ギルはそう言いながら、やれやれと自分もコップに水を注いで、再びテーブルの席に座った。

 エミリオも軽い苦笑で応えて、向かいの椅子に腰を下ろした。

「俺は穏やかに笑って返したが、正直参ったよ。苦手でな。だから悪いが、捜索(そうさく)は俺抜きでやってくれないか。繁華街のどこかにいるはずだから、レッドとリューイに手伝わせれば、すぐに見つかるだろ。」

「それは構わないが。それにしても彼らはひどく驚いただろうね。一度に二人もよく似た人を見つけたのだから。」

「だろうな。俺も驚いたが。」
 ギルはそう言って、水を飲もうとコップに口をつけた。

 まさに抜群のタイミングで、それは起こった。ミーアの付き合いで、レッドと出掛けたはずのリューイが戻ってきたのである。

 カイルにそっくりな少年を連れて。

「カイル、どこにいる。」

 ギルの足元で、パリンッという音がした。
 何だかお約束の展開となり、おかげでむせ返ったギルが手を滑らせて、ガラス製のコップを落としたのだ。

「やだ、大丈夫⁉」

 シャナイアがあわてて雑巾(ぞうきん)を取りに行く一方で、割れたコップには気がいかないほど驚いたエミリオは、ギルの顔を(うかが)う。

「ギ、ギル・・・。」

「俺は何も見なかった。ほら、早くとっ捕まえて、王宮までお供してやってくれ、エミリオ。」

 だがライカは、すぐにそんなギルを見つけていた。
「ギルベルト皇子 ⁉」

「そら来た・・・。」
 ギルは横を向きながら、あわてたように腰を落とした。

「もしや、ギルベルト・ロアフォード・ルヴェス・アルバドル皇太子殿下では ⁉」

 さりげなく顔を()らしながら、シャナイアと一緒に割れたコップの破片(はへん)を拾い集めているギルのそばに寄ってきて、ライカは遠慮なくその顔を(のぞ)き込んでくる。

「ギルベ・・・アルバ・・・?」
 リューイは首をかしげた。

 アルバドル帝国の皇子であるギルは、地位や身分階級を表す、称号だらけのその長い名を本来持っている。同じように、エルファラム帝国の皇子であったエミリオは、エミリオ・ルークウル・ユリウス・エルファラムという正式名だったが、リューイにとっては、ただのやたらに長い呪文のようなものにしか聞こえない。

 とにかく、エミリオはまず落ち着いて声をかけた。

「恐れながら、ここステラティス王国の王太子殿下、ライカ様とお見受けいたします。先ほど家来の者たちがここへ来て、捜しておりました。それに、その者は私どもの友人でございます。」

「ああそう、そう、そいつは俺たちの仲間だぜ。皇子なんかじゃないぞ。」

 あまりに白々しいリューイに、ギルは思わず(ひたい)を押さえた。

「そうか・・・だがしかし、本当によく似ている。その眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔立ちだけでなく、稀有(けう)な瞳の色まで・・・二人といまいと思ったのだが。」

 ありがとよ・・・と、ギルは胸中でひとりごちた。

「それにしても、そなたも実に美しい容貌(ようぼう)だ。男にしてこれほどの美貌・・・ただの平民とは思えぬ。」

 素直な声でそう言ったライカは、今度はエミリオの顔を、最高傑作の芸術品でも眺めるように、まじまじと観賞している。マナーも遠慮も知らないわけではないだろうが、とにかく自由過ぎるそんな若い王子に、エミリオはただ微笑を返した。

「ライカ様、どうか早々に王宮へお戻りくださいませ。みな心配しておりました。私がお供いたしましょう。」

「余は帰らぬ。もっと外を見ていたいのだ。リューイ、連れに会わせてくれると申したではないか。どこにいるのだ。」

「ああ、会って腰抜かすなよ。ギル、カイルのやつはどこ行った。」

「その御方(おかた)の身代わりになってるよ。」

「どういうこった。」

「彼らは、カイルを見つけてやって来たんだよ。ついさっきだ。それで、王子が見つかるまで、しばらくカイルを貸して欲しいと言ってきた。」

「なるほど、そのカイルという者が余にそっくりなわけだな。これは好都合(こうつごう)だ。ならば、しばらく身代わりになってもらおう。」

 そこへ、「ただいまあー。」という、ミーアの底抜けに明るい声が。
 今度は、レッドがミーアを連れて戻ったのである。

「ただいま。なんだリューイ、やっぱり先に帰ってたのか。ズルいぞ、すぐいなくなりやがって。」

「ああ悪い、ちょっと・・・。」

 リューイが言うよりも早く、続けてレッドはカイル ―― 実のところはライカ ―― に気付いた。少し様子が変わったとは思ったが、それだけだった。

「あれ、カイル、今日は占いとか診察には行かなかったのか。それとも、もう終わりか。」

 やはり一目ではさすがのレッドも分からないらしい。それほど似ているのである。

 ライカは含み笑いを漏らした。 

 そんなライカをすっかりカイルだと思い込んでいるレッドは、顔をしかめた。
「なに不気味に笑ってやがる。」

「レッド、そいつはカイルじゃねえぞ。」
 リューイが教えてやった。

 レッドは、ライカと面と向かい合って立った。そして、全身をパッと眺めた。目や髪の色、背丈や体格など、どこからどう見てもカイルそのもの。言うとすれば、何となく髪型が違い、一緒に朝食をとった時と服装が変わっていたが、たいして気にはならなかった。

「・・・何言ってんだお前。また二人でふざけてるのか? 分かった、じゃあ誰だってんだよ。」
「王子様だよ。」
「何の遊びだ。カイル、お前もいい加減に ―― 」
「余は遊んでなどおらぬぞ。余はカイルだ。」

 レッドはくるりと振り返った。

「どうして、王子様がここにいるんだっ!」






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