この想いはどこに行くのだろう?
文字数 1,651文字
バレンタインはあまりいい思い出がない。
「え、高いチョコより安いチョコ、たくさん欲しかった。」
とか
「義理チョコって事で。」
とかetc……。
その中でも、今でも胸に突き刺さる思い出がある。
彼女の事だ。
学生時代、仲が良かった子。
いや、はじめは仲が良かった子。
屈託なくて、飾り気なく、何でも全力で向かう彼女が好きだった。
周りが斜に構えて「そんな子供じみた事、やらないわよ。」と言う事でも、前向きに、率先して全力を見せた彼女。
でも……。
一年たち、二年たち。
彼女は変わった。
それまで純朴だった反動なのか、「斜に構えた」どころではないアングラな方向性に向かって行った。
あの、陽の光の下、誰に何を言われようとも真っ直ぐだった彼女はもういない。
排他的な考えを大人びていると勘違いしているそんな子になった。
相変わらずな私をどこか見下していた。
それでも、私は彼女の友達だった。
今はそういう年頃だからそういうものであって、彼女の核心は、今でもあの「陽の光の中懸命に生きている」彼女なのだと思っていた。
どこか見下し、良いように使ってくるところは好きではなかったが、いつか自分が子供っぽい事をしているのだと気がつくと思っていた。
学生時代の私はよく、お菓子を作って皆と食べた。
得意な訳でもそれが好きな訳でもなかったが、苦手な訳でも嫌いな訳でもなかった。
ただ、作っても家では誰も食べない、もしくは食べても「ふ~ん、美味しえねぇ。」という味気ない感想しか言われないのに対し、皆と食べると美味しい美味しいと喜んでくれ、皆と食べると私も本当に美味しいと思えたからだ。
ある日、チョコケーキを作って持って行った。
多分、バレンタインが近かったのだと思う。
そして何日か後に、彼女に言われたのだ。
「この前のチョコケーキの作り方、教えて。」
と……。
私は見て作った冊子を渡した。
その時、彼女の中に以前の彼女がちらりと見えた。
真っ直ぐで一生懸命な彼女が。
理由はわかっていた。
好きな先輩に渡したいのだ。
私は何も言わず、見守った。
バレンタインデー。
彼女がついてきて欲しいと言った。
その手には小さな箱があった。
私が皆に作って持ってきたのと違って、市販のお洒落なケーキ箱に入れられ、可愛い手提げ袋の中、ちょこんとすましていた。
彼女は先輩にそれを渡そうとした。
でも、先輩はそれを受け取らないようにさり気なく逃げた。
何度かチャレンジしたが、結局、渡せなかった。
彼女は……泣かなかった。
その代わり、ケーキの箱を乱暴に振り回し、壁に叩きつけ、そしてゴミ箱に投げ捨てた。
「……帰ろう。」
私を振り返って彼女はそう言った。
私は黙って頷いた。
最寄り駅まで歩き、互いの方向の電車に乗った。
もしかしたら、一人になってから、彼女は泣いたのかもしれない。
それは私にはわからなかった。
受け取ってもらえなかった彼女の悲しみ。
辛さ、苦しさ、その全ては私にはわからない。
ただ、彼女が悲しく苦しかった事はわかるのだが、私の胸の中も張り裂けそうだった。
無言でケーキの箱を振り回し叩きつけていた彼女。
悲しいというより、怒りの方が強く見えた。
それはおそらく、その場だけの話なのだと思う。
多分、一人になってから、彼女は悲しみに暮れたのだろう。
でも……。
チョコケーキの作り方を私は教えた。
渡しに行く彼女についても行った。
その私の前で、無残にグチャグチャにされていくケーキ。
ゴミ箱に憎しみを込めて投げ捨てられたケーキ。
無言という怒り。
彼女の想いは、どこに行ったのだろう?
私の想いは、どこに行けばよかったのだろう?
彼女は何も言わなかった。
しばらくして貸していた冊子を返してくれた。
彼女は何も言わなかった。
私は、私の敬愛した彼女はもういないのだと知った。
その後も彼女は何度か恋をした。
同じような恋をした。
その度に、彼女は知らない人になった。
バレンタインにはいい思い出がない。
世の中に不変な事は何もないけれど……。
いつか、私の中で、バレンタインと言われて一番に思い出せる思い出が、楽しいものになってくれればいいと思う。
「え、高いチョコより安いチョコ、たくさん欲しかった。」
とか
「義理チョコって事で。」
とかetc……。
その中でも、今でも胸に突き刺さる思い出がある。
彼女の事だ。
学生時代、仲が良かった子。
いや、はじめは仲が良かった子。
屈託なくて、飾り気なく、何でも全力で向かう彼女が好きだった。
周りが斜に構えて「そんな子供じみた事、やらないわよ。」と言う事でも、前向きに、率先して全力を見せた彼女。
でも……。
一年たち、二年たち。
彼女は変わった。
それまで純朴だった反動なのか、「斜に構えた」どころではないアングラな方向性に向かって行った。
あの、陽の光の下、誰に何を言われようとも真っ直ぐだった彼女はもういない。
排他的な考えを大人びていると勘違いしているそんな子になった。
相変わらずな私をどこか見下していた。
それでも、私は彼女の友達だった。
今はそういう年頃だからそういうものであって、彼女の核心は、今でもあの「陽の光の中懸命に生きている」彼女なのだと思っていた。
どこか見下し、良いように使ってくるところは好きではなかったが、いつか自分が子供っぽい事をしているのだと気がつくと思っていた。
学生時代の私はよく、お菓子を作って皆と食べた。
得意な訳でもそれが好きな訳でもなかったが、苦手な訳でも嫌いな訳でもなかった。
ただ、作っても家では誰も食べない、もしくは食べても「ふ~ん、美味しえねぇ。」という味気ない感想しか言われないのに対し、皆と食べると美味しい美味しいと喜んでくれ、皆と食べると私も本当に美味しいと思えたからだ。
ある日、チョコケーキを作って持って行った。
多分、バレンタインが近かったのだと思う。
そして何日か後に、彼女に言われたのだ。
「この前のチョコケーキの作り方、教えて。」
と……。
私は見て作った冊子を渡した。
その時、彼女の中に以前の彼女がちらりと見えた。
真っ直ぐで一生懸命な彼女が。
理由はわかっていた。
好きな先輩に渡したいのだ。
私は何も言わず、見守った。
バレンタインデー。
彼女がついてきて欲しいと言った。
その手には小さな箱があった。
私が皆に作って持ってきたのと違って、市販のお洒落なケーキ箱に入れられ、可愛い手提げ袋の中、ちょこんとすましていた。
彼女は先輩にそれを渡そうとした。
でも、先輩はそれを受け取らないようにさり気なく逃げた。
何度かチャレンジしたが、結局、渡せなかった。
彼女は……泣かなかった。
その代わり、ケーキの箱を乱暴に振り回し、壁に叩きつけ、そしてゴミ箱に投げ捨てた。
「……帰ろう。」
私を振り返って彼女はそう言った。
私は黙って頷いた。
最寄り駅まで歩き、互いの方向の電車に乗った。
もしかしたら、一人になってから、彼女は泣いたのかもしれない。
それは私にはわからなかった。
受け取ってもらえなかった彼女の悲しみ。
辛さ、苦しさ、その全ては私にはわからない。
ただ、彼女が悲しく苦しかった事はわかるのだが、私の胸の中も張り裂けそうだった。
無言でケーキの箱を振り回し叩きつけていた彼女。
悲しいというより、怒りの方が強く見えた。
それはおそらく、その場だけの話なのだと思う。
多分、一人になってから、彼女は悲しみに暮れたのだろう。
でも……。
チョコケーキの作り方を私は教えた。
渡しに行く彼女についても行った。
その私の前で、無残にグチャグチャにされていくケーキ。
ゴミ箱に憎しみを込めて投げ捨てられたケーキ。
無言という怒り。
彼女の想いは、どこに行ったのだろう?
私の想いは、どこに行けばよかったのだろう?
彼女は何も言わなかった。
しばらくして貸していた冊子を返してくれた。
彼女は何も言わなかった。
私は、私の敬愛した彼女はもういないのだと知った。
その後も彼女は何度か恋をした。
同じような恋をした。
その度に、彼女は知らない人になった。
バレンタインにはいい思い出がない。
世の中に不変な事は何もないけれど……。
いつか、私の中で、バレンタインと言われて一番に思い出せる思い出が、楽しいものになってくれればいいと思う。