X. 島の出口

文字数 1,347文字

 枝に引っかかりながら木々のなかを前へ進み続けると、不自然に開けた場所へ出ました。
 島を覆うように生い茂っている木々は、蛮族の大軍のように節操なくあらゆる土地を蹂躙し、彼らの暗い色に染め上げていましたが、なにゆえかこの場所まで来た彼らは急に信仰を得て、後ろへ退き跪いたのです。なにゆえか?それはあまりに明らかでした。そこにはかつて彼らの王であったはずの巨大な切り株がありました。
 日の射す場所。ただそこへ座っているだけの光の魔女。
 ジョナサンは逃げてしまいたいようでした。やはり船長のいう通り、この地を踏んではならなかった。何かが決定的に変わってしまい、もはや取り返しがつかないのだ、と全身がそれを感じていました。バナーチェが振り向くと、ジョナサンは硬直しました。両の脚には力が入らず、指のひとつも動かせませんでした。
「ジョン。こちらへいらっしゃい。あなたの恐れているのは正しいことだわ」
 彼女の声を聞くと、ジョナサンは気が抜けてしまいました。親しみ
「どうして…どうしてぼくを知っているんです?」
「それは言うまでもないわ。あなたはそれを感じているもの」
「…違う」
「いいのよ」
「…違う」
「いいのよ。あの人に似てるわ」
 光の魔女は微笑みました。とても満足そうに。ただそれだけ。ただそれだけでした。ただそれだけのことがジョナサンのこころから恐怖の影を消し、日曜の朝のような穏やかさを、生まれたばかりの頃のおぼろげな記憶を、赤と緑の洗濯物入れとダイヤモンドのように光る太陽を、彼に思い出させました。清潔な布と肌のにおいも。
 やわらかな微笑み。何かまったく違う世界から魂をつかむような。
「あの人って?」
「いいのよ」
 ジョナサンは、はじめ何も知りたくなかったが、いまではどうしても知りたくなっていました。そして、彼はのちのち知ることになるし、そのせいで納得したりうんざりしたりすることになります。
「どうして現れたんです?」
「そうね…。あなたはあなたがまだ小さい頃に父を亡くした。あなたのお母様は夫を亡くして、精神を病んでしまった。あなたは完全にはこの世界に定着できなかった…」
「やめてくれ。ぼくの質問に答えてくれ」
「あなたはどうして旅へ出たの?お母様を故郷に残して」
「やめてくれ」
「あなたは真実がほしかったのでしょう?それが紙切れ一枚におさまるような文章だったとして、触れずに退きたくはなかった。思い違いでもいいから、まるごと存在したかった。そうでしょう?ねえ、ヨハン」
「…あなたに何がわかるんだ」
「いいのよ。彼だってそうだった。魂が混ざったのだもの。苦しかったでしょうね…」
「もうぼくの話はいい。何か…何かもっと他に重要なことがあるのでしょう?」
「重要なことはなにか…そうね…あったような気がするけれど、それはもういいわ。あなたに逢えたのだもの。これ以上のことはないわ」
「だめだ。それがなにかはわからないけれど。あなたがあきらめてしまったら、あなたのいうあの人はどうなるんです?」
「やっぱり、あなたはあの人に似ているわ。自分のことさえままならないのに、他人のことばかり心配して。わたしはそういうのがすきだけれど。でも、それは逃避なのよ。他人の方ばかり見ていれば、自分の身なりの悪さに気づかなくていいもの」

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