親になる
文字数 2,043文字
お題 家族 (過去作品)
妻に子供が出来たと言われ喜んだ。
結婚して四年、俺達に子供は出来なかった。双方の親からは「孫はまだか」と挨拶のように言われ、「どこか悪いところでもあるのか、病院には行かないのか」と心配するふりをして、何かを聞き出そうとする親戚達にも、うんざりしていた。
妻は基礎体温を測り、排卵日を探すと「今日は早く帰って来てね」と言ってくる。俺の都合はお構いなしだ。だからわざと飲みに行った。妻はしばらく口をきかなかったが、仕方がないさ。俺にだって嫌な時くらいはある。だから妊娠がわかった時、面倒なことが無くなると喜んだ。純粋に子供が欲しかった頃とは違っていた。
翌日、妻は産婦人科に行き、妊娠と入院の診断を受けてきた。妻は突然の入院に困惑したが、俺はむしろ安心した。日中仕事でいない俺よりも、すぐに対応出来る病院の方がいい。お腹の子供も安心だし、妻も一日中寝ていればいいのだから。
家事は実家の母に来てもらうから何の心配もいらない。妻にそう伝えると、なぜか不服そうだ。何が気に食わないのだろう。
妊娠五ヶ月を過ぎ安定期に入ると、妻の退院が決まった。が、すぐに再入院。
妻には悪いが家に居て何かあっても俺は何も出来ない。それに仕事中に呼び出されても困る。病院にいてもらった方がいい。妻も入院に慣れている。きっとその方が楽なのだろう。俺の食事や掃除、洗濯をしなくて済むのだからな。なのに、
「子供が無事ならいい」
なんて、青い顔で言うんだ。
何だよそれ、入院は楽だと素直に喜べばいいのに、子供の心配?まだ生まれてもいないのに。女はもう母になった気でいるのか?
* * *
妻の入院中、友人に釣りを誘われた。
俺は子供が出来てから、一応遊びを控えていた。近場にしか行かないし、飲みに行く回数も減った。遠出の海釣りは本当に久しぶりだ。もちろん妻の了承も得た。
崖を下って辿り着くこの磯は穴場なのだ。久々の解放感で楽しかった。だが、その日に限って地震が起きた。震度四、崖の上から拳大の石が何個か落ちてきた。海を見ても船の動きはない。対面に見える港もとくに変わった様子は無く、放送も無い。ラジオを聴いても、何の心配も無さそうだ。俺達はそのまま釣りを続けた。
日が暮れたので帰り支度をし、車に戻った。車内に残していた携帯に、着信を知らせる点滅が見えた。慌てて開くと妻からの着信が凄まじい。
折り返しかけた電話では、妻がとにかく泣いて泣いて罵声を浴びせてきた。父親の自覚?まだ子供も生まれてないのに?地震もたいしたことなかったし、携帯も海に落とさないようにわざと車に置いてきた。俺にも言いたいことは沢山ある。
だけど、口から出た言葉は「ごめん」だった。こいつこんなに弱かったか?いつも強かったじゃん。母親になって更に強くなったじゃん。子供が出来たら母になる訳じゃないのか?母になろうとしてたのか?激しく泣きじゃくる妻に、父親として何もしてない俺は、謝ることしか出来なかった。
* * *
その後、妻は帝王切開で息子を産んだ。体が赤い。本当に赤ちゃんだ。唇は俺に似ている。目は妻にそっくりだ。
息子は可愛い。が、それ以上に面白い。目が離せない。
通りかかった看護師に、子供の写真を撮ってもいいか聞いてみた。
「どうぞお好きなだけ」
と言ってくれた。
よし、これで俺は堂々と写真が撮れる。
生まれたばかりなのに目が開いている。
こっちが見えるのか?
手、小さいな。指、細っ。あ、爪、ちっさ。
妻はまだ麻酔が効いている。それにしばらくは動けないだろうから、なるべく沢山の写真を撮って見せよう。あれだけ待ち望んでいた子供なのだから。
それから俺は毎日仕事を定時に終わらせた。職場が近いこともあり昼休みや外仕事の合間に子供の写真を撮りに行くこともあった。しかし写真は難しい。うまくこっちを向いてくれない。手をやたらと動かすので写真がぶれる。それでも枚数があれば、中には良いものも撮れるはずだ。そう思っているうちに、写真は自然と増えていった。
妻の病室に行くと、看護師が点滴の交換をしていた。
「旦那さん、もう来たの?」
そう言って笑いながら去っていく。
「俺、いつも笑われてる。何か変?それとも馬鹿にされてる?」
「してないよ。むしろ褒めてる。毎日来る旦那さん珍しいみたい」
「お前が見たいだろうと思って撮ってるだけだし」
「実はさ、もう見に行けるんだ。先生も歩いた方がいいって言うし、あたしも息子に会いたくて…」
「じゃあ、もう写真いらない?」
俺は少し拗ねてみせた。
「ううん、見たい!息子の写真も嬉しいけど、それ以上に君が『お父さん』している姿が一番嬉しいから撮って!」
こんなに楽しそうに笑う妻は、久しぶりに見た。
「……最近、色々な人に『お父さん』って言われたけど、今のが一番嬉しい。俺『お父さん』してた?」
「うん、してた!」
多分、ゆっくりだろうけど、俺もちゃんと親になろう。そして三人で、家族になっていくんだ。
妻に子供が出来たと言われ喜んだ。
結婚して四年、俺達に子供は出来なかった。双方の親からは「孫はまだか」と挨拶のように言われ、「どこか悪いところでもあるのか、病院には行かないのか」と心配するふりをして、何かを聞き出そうとする親戚達にも、うんざりしていた。
妻は基礎体温を測り、排卵日を探すと「今日は早く帰って来てね」と言ってくる。俺の都合はお構いなしだ。だからわざと飲みに行った。妻はしばらく口をきかなかったが、仕方がないさ。俺にだって嫌な時くらいはある。だから妊娠がわかった時、面倒なことが無くなると喜んだ。純粋に子供が欲しかった頃とは違っていた。
翌日、妻は産婦人科に行き、妊娠と入院の診断を受けてきた。妻は突然の入院に困惑したが、俺はむしろ安心した。日中仕事でいない俺よりも、すぐに対応出来る病院の方がいい。お腹の子供も安心だし、妻も一日中寝ていればいいのだから。
家事は実家の母に来てもらうから何の心配もいらない。妻にそう伝えると、なぜか不服そうだ。何が気に食わないのだろう。
妊娠五ヶ月を過ぎ安定期に入ると、妻の退院が決まった。が、すぐに再入院。
妻には悪いが家に居て何かあっても俺は何も出来ない。それに仕事中に呼び出されても困る。病院にいてもらった方がいい。妻も入院に慣れている。きっとその方が楽なのだろう。俺の食事や掃除、洗濯をしなくて済むのだからな。なのに、
「子供が無事ならいい」
なんて、青い顔で言うんだ。
何だよそれ、入院は楽だと素直に喜べばいいのに、子供の心配?まだ生まれてもいないのに。女はもう母になった気でいるのか?
* * *
妻の入院中、友人に釣りを誘われた。
俺は子供が出来てから、一応遊びを控えていた。近場にしか行かないし、飲みに行く回数も減った。遠出の海釣りは本当に久しぶりだ。もちろん妻の了承も得た。
崖を下って辿り着くこの磯は穴場なのだ。久々の解放感で楽しかった。だが、その日に限って地震が起きた。震度四、崖の上から拳大の石が何個か落ちてきた。海を見ても船の動きはない。対面に見える港もとくに変わった様子は無く、放送も無い。ラジオを聴いても、何の心配も無さそうだ。俺達はそのまま釣りを続けた。
日が暮れたので帰り支度をし、車に戻った。車内に残していた携帯に、着信を知らせる点滅が見えた。慌てて開くと妻からの着信が凄まじい。
折り返しかけた電話では、妻がとにかく泣いて泣いて罵声を浴びせてきた。父親の自覚?まだ子供も生まれてないのに?地震もたいしたことなかったし、携帯も海に落とさないようにわざと車に置いてきた。俺にも言いたいことは沢山ある。
だけど、口から出た言葉は「ごめん」だった。こいつこんなに弱かったか?いつも強かったじゃん。母親になって更に強くなったじゃん。子供が出来たら母になる訳じゃないのか?母になろうとしてたのか?激しく泣きじゃくる妻に、父親として何もしてない俺は、謝ることしか出来なかった。
* * *
その後、妻は帝王切開で息子を産んだ。体が赤い。本当に赤ちゃんだ。唇は俺に似ている。目は妻にそっくりだ。
息子は可愛い。が、それ以上に面白い。目が離せない。
通りかかった看護師に、子供の写真を撮ってもいいか聞いてみた。
「どうぞお好きなだけ」
と言ってくれた。
よし、これで俺は堂々と写真が撮れる。
生まれたばかりなのに目が開いている。
こっちが見えるのか?
手、小さいな。指、細っ。あ、爪、ちっさ。
妻はまだ麻酔が効いている。それにしばらくは動けないだろうから、なるべく沢山の写真を撮って見せよう。あれだけ待ち望んでいた子供なのだから。
それから俺は毎日仕事を定時に終わらせた。職場が近いこともあり昼休みや外仕事の合間に子供の写真を撮りに行くこともあった。しかし写真は難しい。うまくこっちを向いてくれない。手をやたらと動かすので写真がぶれる。それでも枚数があれば、中には良いものも撮れるはずだ。そう思っているうちに、写真は自然と増えていった。
妻の病室に行くと、看護師が点滴の交換をしていた。
「旦那さん、もう来たの?」
そう言って笑いながら去っていく。
「俺、いつも笑われてる。何か変?それとも馬鹿にされてる?」
「してないよ。むしろ褒めてる。毎日来る旦那さん珍しいみたい」
「お前が見たいだろうと思って撮ってるだけだし」
「実はさ、もう見に行けるんだ。先生も歩いた方がいいって言うし、あたしも息子に会いたくて…」
「じゃあ、もう写真いらない?」
俺は少し拗ねてみせた。
「ううん、見たい!息子の写真も嬉しいけど、それ以上に君が『お父さん』している姿が一番嬉しいから撮って!」
こんなに楽しそうに笑う妻は、久しぶりに見た。
「……最近、色々な人に『お父さん』って言われたけど、今のが一番嬉しい。俺『お父さん』してた?」
「うん、してた!」
多分、ゆっくりだろうけど、俺もちゃんと親になろう。そして三人で、家族になっていくんだ。
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