消し忘れたタバコ

　もしも……
　お題『消し忘れたタバコ』

　１人暮らしのボロアパート、今更ヤニなど気にしない。世間じゃベランダでタバコを吸うとか、健康の為に禁煙だとか騒いでいるが、俺はラッキーなことに独身だ。部屋の中で吸おうが、誰に迷惑をかけるわけでもない。今日も遠慮なく吸い放題だ。あぁ、俺は幸せ者だ。

　ビーピーピー

　洗濯終了の音で、俺は吸いかけのタバコを灰皿の隅へと置いた。

　よし、このタバコが灰皿から落ちる前に洗濯物を干し終えるぞ。そしたら今朝は豪華に喫茶店でモーニングだ。

　俺はすぐさま行動に移した。そして気付いた。そうだった、洗濯物は３日分溜めていたのだ。これは急がないと間に合わない。

　ベランダの小さな干場に洗濯物を干し終えて、ローテーブルへと戻る。タバコは当然のごとく灰皿から落ち、1センチほど木製のテーブルを焦がしていた。

「あちゃー、失敗、罰として今朝は朝食抜きだな」

　その後、簡単に身支度を整えて家を出た。今日は朝食も食べないし、時間に余裕があるが走ってみよう。次の信号に引っ掛からなければ今日は上手くいく。ダメだったら昼飯は抜きだ！


　俺は走った。信号が見える、が、点滅。しかし走れば間に合うはず。すでに赤に変わった歩行者信号、しかし侵入には成功、後は走り抜けるだけだ。

　走りきれた俺は１回止まって息を整えた。よし、これで今日はうまくいくだろう。すると誰かが俺の肩を叩いた。黄色いベストを着たおじさんだ。

「ここは通学路でもあるから子供達の見本になるような行動をしてください」

　俺はとりあえず謝った。これ以上俺の邪魔をされたくないからだ。よし、次の交差点だ。交差点内は息を止めて渡りきろう。もし渡りきれたら受付の坂田さんに声をかけるんだ。ダメだったら昼飯抜きだ！大丈夫、さっき『今日はうまくいく』で成功したのだから、きっとうまくいくさ！

　俺は大きく息を吸って交差点に入った、入ってすぐに対面から子供が走ってきた。しかも前を見ないでふざけながら、やめろ、やめろ、前を見ろ！

　ドン！

　ぷはっ……

　俺の挑戦が失敗に終わった。坂田さんには声をかけれない。しかも昼飯抜きか。ま、仕方がない。

＊　＊　＊

「ただいま」

　誰もいない部屋に電気をつけて、声を出す。これくらいしかこの部屋で声を出さない。だからあえて『ただいま』『いってきます』は言うようにしていた。

　疲れた、まずはタバコでも吸うか……、あ、その前に洗濯物、それにゴミも集めないと、明日ゴミの日だった。よし、5分以内に全部終わらせたらタバコを吸おう。もし出来なかったらタバコは諦めだ。

　時計の秒針を見つめ、針が真上を指すのを待った。

　3…2…1…GO！

　窓の鍵を開け、ほぼ同時に洗濯物を掻き込む。窓を素早く閉め鍵をかける。そしてシンク下からゴミ袋を出すと、部屋中のゴミを集めた。順調だ。ここまで３分３２秒イケる！後は風呂場とトイレ！慌てた俺はゴミ袋を踏んでしまった。嫌な音と同時に溢れ出すゴミ達。なんてことだ！俺は身を挺してゴミを抱え込み、被害は最小限で済んだ。新しいゴミ袋を用意し、全てを終わらせ、俺は玄関にそれを置いた。時間は4分58秒、俺の勝ちだ。


　やった、俺タバコが吸える。

　もつれる足が柱に当たり、そのままローテーブルへとなだれ込む。

　テーブルがずれ込み物が散乱する。少し大きな音を立ててしまった。でも、俺は成功したのだからタバコを吸う、片付けはその後だ……

　息を吸いながらライターで火を着ける。気管と肺が至福を感じている。吐き出す煙を感じながら俺は静かに目を閉じた。

　そういえば俺、最後のご飯いつ食べた？

＊　＊　＊

　昨晩○○市のアパートで火事があり、アパート１棟と隣接する民家２軒が全焼しました。焼け跡からは男性の遺体が発見されており、火元である○○さんの行方がわからなくなっていることから、この遺体は○○さんである可能性があると……