13

文字数 7,905文字

〝6年、また夏が来る〟


<13>

 わたしの心臓がかつてないくらいに速く打っていました。このままだといつかこの鼓動に全身が呑み込まれて死んでしまいそうなほど速くです。
 陽の差す窓辺に立つ音楽の先生の影にすっぽり入ったわたしは、冷や汗と震えでどうにかなりそうな両手をぎゅっと握り合わせて唾を飲み込みました。そばの棚に片手をつき、氷のような無表情でメモ書きを読む先生。黒目がぬるりと動いて文字を追う様子を、わたしは必死に深呼吸をしながら見ています。
 聞かなくても聞こえる声とは違う、見せないと見られない文字なんて、きっと先生は見てくれない。それでも、それでもです。わたしの夢を叶えるには、あなたと会話するしかない。無理やりでもなんでもわたしの言葉をぶつけて、楽譜とオーディション参加の許可をもらわないと何も始まらない。
 だから、わたしは勇気を出しました。希望とは恐ろしいものです。どんな無謀なことも、それが毒塗れの針の山に突っ込むような命知らずなことでも、背中を馬鹿のような力で押してくるのです。そしてその勢いは、山を越えてしまうまで止まることはありません。
 悲観していたのかもしれません。音楽の先生にわたしの言葉を読んでもらうのは、今まで思っていたほど難易度の高いことではありませんでした。彼女の進行方向を塞いで、無視されたらまた前に回って通せんぼして、諦めてもらえるまでそれを続ければよいことだったのです。それに、大人とは嫌なことに対してでも諦めが早いもの。授業が終わった後、音楽室と中で通じている準備室に引っ込もうとする先生にその作戦を実行してあっさりとメモを渡すことができました。
 あとは、残酷に却下されないか、大剣でこの身を切り刻まれるようなことがないかの心配だけです。ありえないと断言はできません。ここでこのメモをあの長い指でびりびりに破いて、地面に撒き散らしながら鼻で嗤われても驚くことはできないほどの、それほどの冷たい空気がわたしと彼女の間にはありますから。
 しかしわたしの想像した最悪のケースにはならず、かといっていつものようにそれを上回るひどいことを言われることもなくて、彼女はすぐそこのピアノの天蓋にメモを放ると、置いてあったプリントの束から一部何かを取り出してわたしに差し出しました。
「了解しました。オーディションは授業でも言った通り1週間後、7月7日に行います」
 はっと顔を上げます。まるでごみ虫の死骸を見るような目は何も変わっていないように見えるけれど、彼女の手にはちゃんと伴奏譜が握られていて、それが、ちゃんとわたしに向けて差し出されているのです。
「いらないんですか?」
 うんざりした声に焦って慌てて楽譜を受け取ります。ゼムクリップでゆるく留められただけのそれがバラバラと崩れそうで、あわあわとしていると先生は「はあ」とあからさまなため息をつきました。
「弾けなかったら参加の辞退もできます。どっちにしろ、一度は7日の昼休みにここへ来てください」
 そう言い捨てると、先生は今度こそドアを開けて準備室に入っていってしまいました。キイと軋む音を立てて閉じた戸により彼女の姿が消えると、胸に詰まっていた冷たい氷の塊のようなものがすうと溶けてなくなります。
 同時に、ぶわっとお腹の底から炎が湧いてきました。ある。ある! 確かにわたしの両手の中に、7枚ほどのザラ紙の楽譜がある。それはちゃんとわたしたちの今年の合唱曲、『祈りの歌』で、めくってみても嫌がらせも何も見当たらない。本当に、ちゃんと伴奏オーディション参加者のために渡される楽譜だ。
 本当に、あの先生に許可がもらえたんだ。やった。やった!
 もうみんな帰ってしまって音楽室にぽつんとひとり。わたしは、楽譜を胸に小躍りしてしまいたいような気さえしました。でもそれはさすがにぐっとこらえて、唇を奇妙な笑顔に歪ませてしまうに留めます。念願の第一歩が叶った人間の笑顔は他人から見ればさぞかし気持ちの悪いものだったでしょう。感情を収めようとしても勝手に溢れ出た表情と言うのは、小説ほど美しいものではありません。
 身体の中で回りに回る熱い風の興奮を逃がしたくて、走っちゃだめなんだけどつい廊下を駆けて教室へ戻ります。暑さも相まって真っ赤に上気した頬を晒しているのにも気づかず、クラスの誰がわたしを見ていたかもわかりません。とにかくつんのめって転けそうになるのをすんでのところで立て直したわたしは、がちゃんと乱暴に自分の席に座ると待ちきれなくて楽譜を読み始めます。
 6年生、小学校最後の音楽発表会での合唱曲。『祈りの歌』。
 星座のように毅然と並ぶ音符を、膝の上の両手が自然に動いているのも気づかずに追い続けていました。


 踊る踊る両手の指。外して跳ねてまた舞って、開いた鍵盤の蓋に映る10本はここ数時間止まることを知りません。
 目の前の譜面台にはもらった楽譜が雑に並べてあります。ぺらぺらの紙で勝手に前に落ちてくるのががすごくうっとうしいけれど、画用紙に貼るのはピアノを弾けない夜になってからでいいでしょう。今は、今はまだ、まだ音符を追っていたい。
 お母さんと妹が買い物に行き、お日様が落ち始めたころになって帰ってきても、玉ねぎを炒める香ばしい匂いがしてきても、やがて夕暮れに時が染まってカラスの歌声が聞こえ始めても、わたしはピアノを引き続けていました。夏の空もようやく黒を受け入れ始めてお風呂が沸いた頃さすがに諦めてそっと蓋を下ろします。これ以上弾き続けたらご近所の迷惑になってしまうからです。それから秀才てれびくんを夢中で観ている妹の邪魔にも。
 ザラ紙の楽譜をまとめて元のようにクリップで留めます。妹にもお母さんにもきっとわからないと思うけど、今日はとんでもないすごいことがふたつも一気に起きていて、そして、そのせいでわたしの両手は今ぷるぷると震えているのです。
 ひとつめのとんでもないすごいことは、もちろん音楽の先生について。
 ふたつめは、手どころか全身を震わせて、口からは熱気が零れ、加えて口角も思わず上がってしまい、違和感なく隠すために椅子の上でぎゅっと膝を抱え込むほどのすごいことでした。
 わたしはこれを知っています。興奮と感動です。そのどっちもが身体の中で燃え上がり、暴れて外に出ようと必死になっていました。
 そう、ふたつめです。ふたつめのすごいことは、わたしが、わたしなんかが、今日の1日数時間で、伴奏のおおよそ半分を弾き上げられたことです。
 驚きどころじゃありませんでした。だって、だってですよ。4年生で一度だけオーディションに参加しましたが、そのときは1週間で全部弾けなかったどころか1日目では前奏すらも弾けなかったのです。ピアノの先生と一緒にやってようやく、前奏が両手でものすごくゆっくり弾けたくらいだったのですから。
 曲の難易度としてはあのときと同じか、それより少し上くらいだと思います。でも、弾けた。ひとりで誰にも頼らずに、半分までできた!
 普段のピアノ練習では、急いで曲のすべてを弾かないといけないなんてことはありません。長い曲なら少しずつ少しずつ、一箇所がちゃんと弾けるようになってから次に取り掛かります。こんな量を一気に読んで弾くなんてしたことありませんし、オーディションなどの都合がないのならあまりよろしくもない。だから知りませんでした。わたしに、これだけのことができるって。
 努力をしたのでしょうか。わたしが? そんなことしたっけ? そんな苦しくつらい思いをしながら鍵盤に向かい合った覚えはありません。そりゃあ、合唱とかで大変なこともあったけど、ピアノとは関係ない。もうピアノ弾きたくないと思ったことや嫌になるまで練習したことは、5年生から無いですし。
 もしかして、あれが努力になっていたのでしょうか。ピアノが美しいと知って、ただ遊ぶように弾いてきたこの日々が、知らないうちに努力になっていたのでしょうか?
 報われたとすら思えません。ただ道端の花々やいい匂いの風を楽しんで歩き続けていたら、あるときふと何里も歩ける脚力がついていることに気づいたような。たくさんクッキーが食べたいがだけに毎日焼いていたら、誰もが頬をほころばせるほど美味しく作れる人になっていたような。そんな突拍子もない驚きが興奮と感動を呼んで、今、わたしの心臓をばくばくと踊るように打たせているのです。最近は心臓に負担をかけすぎかもしれません。どうせ夜はピアノも何もできませんし、いっぱい寝て労ってあげないと。
 そうだ、本来の目的はこれだったはずです。ピアノが上手になって、伴奏をすること。でも最初は、一心に前ばっかり見て、美味しく作ってあげることだけを求めて進んでいたからだめだったのでしょう。花や風をめいいっぱい楽しんで、ただあのさっくりした食感と満腹の幸せを想像して、そして進めばそれがきっと最高の形の努力となるのです。
 わたしは気づかないうちにそれができていたんだ。あの風と景色を見せてくれた夕灯さんのおかげで。
 ……そう。だから、いちばんすごいのは夕灯さん。
 それは強くわかっています。でも、お腹の底から湧き出たこの熱が、今なら何にでも立ち向かえそうです。
 いちばんすごい人が相手でも、勝ちたい。
 できる。わたし、できる! 夕灯さんに正々堂々と勝てれば、それは、それは……。
 握った手の中でじんわりと汗が滲みます。小学6年生、夏。希望と情熱でいっぱいになったわたしの心は、これまでの人生であったことのない速さで突き進んでいきます。
 

 今日の昼休みは姫花に遊ぼうと誘われたのを断りました。どうしても『祈りの歌』の楽譜をもっと見たかったからです。それに、ほかに姫花と遊びたい子たちがたくさんいるのもわかっていましたし、きっと彼女もそっちにいるほうが賑やかで楽しいでしょう。少し残念そうだったけれど快く「じゃあまたね!」と手を振った姫花は、小走りで自分のクラスのほうに帰っていきました。彼女のグループには今までの女子たちだけでなく男子もちらほらいます。小学生というのは6年生になった途端男女の壁がなくなることもよくあるのです。
 さて。昨夜のうちに画用紙に貼った楽譜を開いて、机の上で夢中に両手を動かします。普通、教室でひとり楽譜を見つめながら机弾きをしている子なんていたら「アピール恥ずっ」と引いた目で見られてしまいますが、そこはわたしの特権です。ほとんど輪の外側にいるので、イタいと思われることもきっとない。
 今日はピアノ教室があります。できるだけ進めてから先生に見てもらいたかったんです。
 やがて学校が終わるとわたしはすぐに教室を出て、ずんずんと早足で進みます。セミの声がひゅんひゅんと後ろに遠ざかってはまた新たに現れてを繰り返し、ようやく家にたどり着くと鍵を開けて転がり込むように中へ入りました。外の明るさとの差で視界が真っ暗になります。
 レッスンの時間まではまだ1時間くらいある。冷やした麦茶をごくごくと飲みながらそう時計を確認すると、コップを置いてさっそく練習体勢になりました。あの夕灯さんと戦うのです。少しの時間も無駄にできません。
 ランドセルから引っ張り出してきた楽譜を開き、誰もいないリビングで音を鳴らします。妹は今日は児童クラブの日なのでまだ帰ってきません。
 8分の6拍子の珍しい合唱曲、『祈りの歌』。弾むようでありながら滑らかで、よせては返す波のような感動を心に運びます。指先にすっと自然に染み込むそのメロディーにわたしはすっかり魅了されていました。この拍子の曲を弾いた経験はあまりないのに、初見ですらりすらりと弾けてしまったのも驚きです。これはわたしの腕というより、『祈りの歌』の魔力のような気もします。
 胸いっぱいに想像します。『祈りの歌』にふくよかな香りの風が吹いたらどれだけ素晴らしいか。自分で練習しながら、早くあの人の、夕灯さんの風が吹くピアノを聴いてみたくてたまりませんでした。あの景色と匂いを一心に想像しながら、白黒のステージを指が踊ります。
 時間になるとわたしは自転車をかっ飛ばしてピアノ教室へ向かいました。うちの小学校のルールでは、5・6年生が自転車を乗っていいのは校区内だけ。素晴らしいことにピアノ教室、つまりピアノの先生の家はばっちり校区内です。堂々とペダルを漕げます。
 からっぽの駐車場に自転車を停めると、その音に気がついた先生が中からガラス戸を開けます。声で挨拶ができない代わりに精一杯頭を下げたわたしに、笑顔で「はいこんにちは」と返してくださいました。
 2台のグランドピアノが置かれた教室はひんやりしていて、太陽のもとで自転車漕いだ汗だくのわたしを爽快に冷やしてくれました。今日はいつもの練習曲冊子もせず、こつこつやっていたブルグミュラーも一旦止めて、レッスンをすべて伴奏練習に注ぎ込みます。伴奏をしたいと伝えたときからふたりでそう決めていました。小学校最後、ある時間は全部使ったほうが後悔がなくていいというのが先生の考えです。
 『祈りの歌』は有名な合唱曲で、先生の昔の教え子さんも伴奏をしていたそうです。「8分の6拍子わかった? 大丈夫?」と少し不安そうな先生に親指を立てて、さっそく指を鍵盤に這わせます。ここのピアノは小さい子がいっぱい弾くからなのか、音楽室に似た軽さと華やかさがあります。
「…………………………」
 とりあえずわたしがちゃんとできるところ、2番のサビまでを弾いて止めました。そこから先は転調したりなど変則的になって難しいのでひとりじゃ難しかったです。
 弾き上げてしばらく、先生は顎に手を当てたまま黙っていました。確認するようにぶつぶつひとりで何か言っているので、わたしもしかして絶望的に間違ってたりしたかなと怖くなります。
 しかしわたしの不意を突き予想を裏切って驚かせてくるのがこの先生であります。
「良いっ!!!」
 肩をがしっと掴みながら放たれた大声にわたしは椅子から転げ落ちそうなほどびっくりしました。先生の目のキラキラは、どこか夕灯さんの瞳を彷彿とさせます。音楽を愛する者特有の輝き方なのかもしれません。
「良いよ、すっごく良い! あ、1個だけ音間違ってたけど、それ以外はもうめちゃくちゃ良い! いけるよこれ!」
 夏の快晴をそのまま音にしたような先生の声が、申し分なくわたしを正面から褒めました。
「夏俐ちゃん、すごいね!!」
 どきっと心臓が脈打ちます。どきどきとするこの感覚は、楽譜を貰った最初の日、ひとりで半分まで弾けた感動と同じでした。
 すごい。
 そうか、わたしは、すごいんだ。
 3年前にピアノを始めた小学生が、伴奏できるんじゃないかと希望を持てる腕前なこと。信頼している先生が認めてくれたなら間違いはありません。現実の手触りがあるものとなった希望が、キラキラとまばゆい光を放ちます。
「よしやろう。そんで明後日も開いてる時間あるからまた来な。あとできればオーディション前日も。夏俐ちゃんならやれる! こっちも徹底的に教えたるから、あのいけすかん音楽の先生に一泡吹かせてやろう」
 ピアノの先生はものすごく、もしかしたらわたし以上かもしれないほどあの音楽の先生を嫌っています。何か関わりがあったのでしょうか? わからないけど、ピアノで驚かすことができるのならこちらも清々するものです。ここはピアノの先生に存分に甘えて、徹底的に仕込んでもらいましょう。
 「まずね、ここの……」と先生のいつもの指導が始まりました。優しくてさっぱりした先生の言葉を聞いていれば、どんどんと弾けるようになっていくのがわかります。彼女より腕のいいピアノ講師がいるとは想像もできません。
 ひとりじゃできなかった先の部分もしっかり指導してもらい、時間が来るとさようならをして夕暮れの道をまた自転車で走ります。興奮がいつもはすぐへとへとになる足を元気に動かしていました。いつもより速く家に帰り着くともう妹もお母さんもいて、リビングは暖色の光と網戸の風が夏の夕方を創り出していました。
 ただいまを言えないわたしに、お母さんは一応程度のおかえりをくれます。わたしなんて空気か背景か何かだとしか思っていない妹は無言です。しかし、どうしても誰かに聞いてほしかったわたしがホワイトボードで伴奏の話をしはじめて、機嫌が良かったのかしっかり食いついてくれたお母さんの反応を聞くと騒ぎ始めます。
「あのねあたしも今日音楽でばんそーの話されたよ! あたしもばんそーやりたい! かっこいいしだって学年でひとりだけだし」
「あんたはピアノなんて弾けないでしょ?」
「弾けるかもしれないじゃん」
 習ったこともないのに弾けるわけねえだろって冷笑するのが普通の姉なのでしょうか。わたしはとにかく関わりたくなくて、ホワイトボードの文字を消しながら妹から距離をとります。
「ねえばんそーやりたい! あたしもピアノ習う!」
「どうせ続けられないくせに何言ってるの。そろばんもダンスもすぐ辞めちゃったじゃない」
「ピアノは続ける! ねえいいでしょ? あいつと同じところで習えばいいじゃん!」
 それだけはやめてくれと心の中で悲鳴を上げました。あんな子が習い始めてしまえば、始めはきっとずっと家のピアノを占領されてしまう。そのくせすぐ飽きて、でもわたしが弾き始めると思い出したように横取りしていくに決まっている。明瞭に未来が見えてしまって、恐ろしい思いをしながらお母さんをちらりと見ます。なんせうちの両親は妹に甘いのです。だから……。
「だからだめに決まってるでしょ。そんなこと言って、すぐ面倒くさくなって辞めたいって言い出すんだからお金の無駄!」
「なぁんで! いいじゃん!!」
「よくないです。ほら、宿題は終わったの? 学校のこともちゃんとできない人に習い事はさせられません」
「……うわぁあぁん」
「ほらまたそうやってすぐ泣く。あーちゃんはもう中学年、お姉さんなんだよ? まったく、夏俐は3年生でももっと落ち着いてたのに……」
 聞き慣れた泣き声と聞き慣れない冷たい声を背中に感じながら、わたしは2階へと続く階段を上っていました。
 なんだか車酔いのような気持ち悪い感じがしました。癇癪を起こし喧嘩することも多いけど、裏を返せば感情豊かで可愛らしい妹には甘々で、声を出せない障がいを持つ上に無愛想な姉には無関心。それがわたしたち林田家のデフォルトだったはずです。それがどこか、崩れているのを感じました。崩れるというより、反転すると言うほうが正しいかもしれません。小さい女の子のくせに可愛げのないわたしと、怒って笑って忙しい可愛くて小さな妹。でも成長すれば、落ち着いた性格の6年生と、もう3年生のくせにまだ幼稚な妹に変化する。中身は何も変わっていないのに、大人の都合という眼鏡を通して見ると好感度が反転します。
 ぱたん、と自分の部屋のドアを閉めて、薄暗い空気に向けてため息をつきました。まだギリギリピアノを弾いても怒られなさそうな時間だけど、下があの状況じゃまともに練習できそうにはありません。
 まあ、いいのです。鍵盤が無ければ練習できないというわけでもありませんから。ということで、わたしは楽譜を掴んでベッドに跳び乗るとさっそく指を動かし始めます。
 その瞬間に、もうわたしは妹のこともお母さんのことも忘れていました。
 眩しくて熱い希望だけが、心の奥でギラギラと輝いていました。
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