第2話

文字数 810文字

 日課を終えて、ベランダのガラス戸を引いた。
 部屋の中は外よりも空気がこもっていて、腐臭がした。ベッドでは恋人の千絵(ちえ)がまだ眠っている。お世辞にも広いとは言えないこのボロアパートの一室に籠城することになるとは、数ヶ月前までは考えもつかなかった。
 散らかった居間を超えて、機能しなくなった冷蔵庫の横に積まれているダンボールを開く。冷蔵庫にもたれると、じわりと熱が伝わってきた。残っている水と食料を確認すると、ペットボトルの水が三リットルほど、缶詰や日持ちのするお菓子が少し、粉末のコーヒーが二缶。それからテーブルの上には、千絵が間違って買ってきたメンソールたばこが二箱。何度見返しても、残っているのはそれだけだ。水道が機能していた頃に、浴槽や家中の容器に大量に水を備蓄しておいたのだが、それももうこれだけしか残っていない。
 食料は災害時のために買い込んでいたものを少しづつ食べているが、もう限界だ。ペットボトルに直接口をつけ、水を含む。こうして一度口内にためてから飲むことで、なんとなく節約できている気がする。
 しばらくして飲み込むと、浅いため息をついて居間に戻り、床に散らかった服やゴミを足で避け、しかし俺が趣味で集めているB級ゾンビ映画のDVDだけは丁寧に手で拾ってテーブルの上に置き、スペースを作って腰を下ろした。
 テーブルの上に置かれている漫画雑誌を手に取り、好きだった漫画のページを開く。パンデミックが起きてしまった世界で冴えない男が生き延びる話。この漫画家に影響を受け、高校時代の俺は漫画家か映画監督になりたいと思っていた。そんな俺が特別好きなこの作品は、台詞を覚えてしまうくらい何度も読んだが、現実は漫画の中のように物事が好転することはなかった。せめてこの漫画の連載が終わってから、世界がこうなればよかったのに。
 雑誌を元置いてあった場所に戻すと同時に、ベッドから小さな呻き声が聞こえた。
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