第4話

文字数 1,020文字

 諦めて部屋に戻ると、ベッドの上に放置してあった女性向けファッション誌を手に取ろうとしている千絵の姿があった。
「自分で取れるか?」
 俺がそう声をかけると、千絵は動きを止めた。
「あれ、雑誌読みたいんじゃないの?」
 そう言いながら先程の行動を繰り返すように、冷蔵庫の横のダンボールを開く。すると、ポツリと千絵が呟いた。
「だって、あたしこんな風になっちゃってるのに、ファッション誌なんて変でしょ」
 自嘲的なトーンを含んだその言葉に、ダンボールの中の缶詰を漁る手がぴたりと止まる。
「そんなことないよ」
 ありきたりな言葉しか返せない自分の馬鹿さ加減に苛立ちを感じて、脳の奥が痺れるような感覚に襲われる。動揺を悟られないように、見ずに選んだ缶詰のプルタブを開け、指でつまんで口に入れた。
「食料、まだあるの?」
 味覚が少し遅れてやってきて、甘辛い焼き鳥の味が口の中に溢れる。久々に味の濃いものを食べたので、頬の内側がきゅうっと締まった。
「食うの俺だけだし、なんとかなるよ」
 本当はなんとかなるはずなんてない。外に行き、食料を確保することに成功したとしても、それからどうなる。よく千絵と一緒に行っていた向かいのコンビニの食料も無限ではない。
そうなればもっと遠くまで行く必要がある。
 それが何を意味するかは、千絵もわかっているはずだ。
「あたしがこんなんじゃなかったら、健ちゃんのために食料持ってこれたのになあ」
 自分の傷の方が辛いはずだろうに、俺のことを気遣う千絵の言葉に胸が締め付けられる。
「俺のことは心配すんな、それにお前に行かせたら、たばこの銘柄、また間違うだろ」
 千絵に心配をかけないよう、なるべく冗談っぽく言った。
「そうだよね、ごめんね。……緑の方、そんなに嫌いなの?」
 緑の方というのはメンソールたばこのパッケージを指して言っているのだろう。
「なかなか、スースーするのに慣れなくてさ」
「健ちゃん、子供だからね」
 焼き鳥をもう一つ口に入れて咀嚼しながら、
「うっせー」
 とだけ答える。
「ほんと、そういうとこも子供だよねえ」
 楽しそうに話す千絵の声を聞いて唇についたタレを舐めとると、少しだけ安心した。そういえば千絵はこうなってしまってからほとんど何も口にしていない。水やコーヒーも飲むには飲むが、吐き出してしまうことも多い。
 このまま何も口にしなければどうなってしまうんだろう。        
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