第6話

文字数 1,353文字

 もういい加減に肝が据わったので、僕は黒幕にコンタクトを取ることに決めた。
『キャバリエ婦人に会いたければ蒲公英(タンポポ)の絵葉書を投函すべし』
 そんな、まるで学校の怪談の導入部のような噂話が町ではまことしやかにささやかれていたが、いままで面白味を感じたことがなかったので、虚か実か、試したことはなかった。しかし身の回りの出来事を振り返ってみると、迷信でもいたずらでもなさそうだから怖い。絵葉書を投函するのは、どこまでも田んぼが続くあぜ道に目印のように聳え立つ樫の木の下で、そこには小さな赤いポストと、一時間に二本程度の予定しかないバス停があった。
 ひぐらしがやかましい夕方だった。バス停から駅を結んだ先の小高い坂道を曲がる。脇道に一本それてすぐ、実家の前の砂利の小道に白いジボレー・キャバリエが止まっているのが見えた。
 本当に来たのだ。キャバリエ婦人が。
 僕が近づくと、運転席からド派手な鳥の羽で装飾した、つば広帽子をかぶった白いパンツスーツの女が降りてきた。
「大きくなったな… 良太……」
 女の本名は佐藤シホ。巫女を定年で辞めたのち、市議会議員になったミオの母親だった。

 僕の実家には応接室なんてなかったから、リビングに一番ましなダイニングチェアーをセットしたのだが、シホは牛乳パックでこしらえたスツールを、これがいいと言って自分のもののように扱った。膝の上にチリ紙を広げて、柿ピーを一粒一粒ぽりぽり齧り、ピーナツだけ僕に押し付けてくる。少しお高めの甘納豆には手も触れない。
「ベンゾーの件のお礼を言ってなかったね。ありがとう。あれから変わらずに家の中で大暴れしてるよ。おばあもミオも全然怒らないし、やりたい放題さ」
 そこから、少しだけ本題に切り込んでいく。
「喜八の喜朗さんも褒めてたよ。見どころ有りだって。まあ、でも」
 ポリポリと咀嚼する。
「今日は諦めてもらうために来たんだけどね」
 佐藤家の習慣でつば広帽を脱がないので、表情がまったくうかがえなかった。
「不合格ですか?」
「うん、不合格。君の愛情は昭和に生きるには心地いいかもしれないけど、これからの社会には合わないかな。ミオを甘やかせるわけにはいかないんだ。すまない」
 僕の頭の中をいろいろな言葉が浮かんでは消えた。
「ミオの身にはこれから色々とつらいことが起きる。これは肉親で、同じ能力を持つからこそオレには分かる。でも君といると彼女は植物や動物たちに逃げ続けるよ。君はそれを許しちゃうだろ」
「彼女は弱くないです」これが精一杯だった。
「いや、弱い。というより強くても関係ない。他人の心の闇が深すぎるんだ。君だって少しは気づいているはずだ」
 シホは急に立ち上がって、勝手に台所をウロウロしだした。お茶のお代わりが欲しいんだと気づいたため、彼女を無理やり座らせて、急須に新しい茶葉を入れてお茶を注いだ。
「年々ひとびとの… 年々ひとびとの… いや、すまない。ありがとう。美味しいお茶だね。わざわざ封を切ってくれたんだ。君のそういう優しさは、別にミオの弱さにつながらない。いや、もしかしたらそれこそミオに必要なのかもしれないけれど… オレも君がすごく気に入っているんだけれど、いや、そもそも何の話をしていたんだっけ?」
 ん? これってもしかしてすごくチョロいやつか?
 

 
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