第8話

文字数 570文字

 その晩は何度も洋式便器と寝床を往復し、とうとう便座に座ったまま過ごしてしまった。ひび割れ、砕けたみたいに肛門が痛む。ようやく空になったらしい腹を抱え、自分はリビングに膝をつき、屈葬さながらに倒れた。
 結局……――
 この体の血肉どころか、すべては汚物として流れてしまったのではないか……未明の闇から窓のカーテンは青黒く浮き上がり、沈んだ色合いに変わっていく……壁際には、空っぽになった冷凍庫の影……味を思い出そうとしたが、口中には苦いものが残るばかり……そのうち自分はまどろみ、暗がりに埋もれて……――
 キンッ――
 刃物を鳴らすような音がし、はっと自分はまぶたを上げた。依然として暗いリビングの、ローテーブルの上でスマホの画面がほの暗くなっている。応答があったことを知らせる、SNSの通知音……あの「うさぎ」のことなんて、界隈ではすっかり忘れられている。過去の投稿に気まぐれなレスがあったのだろうか……――
 まさか……――
 「うさぎ」の影がよぎり、体がこわばる。仕掛けたままの募集にかかったのでは……腹部がじくじくと痛み出し、生温かい唾がわいてくる……背中に感じる、見えない壁……――
 どうして――
 その残響を聞きながら、ためらいがちに自分は手を伸ばした。
                                       (了)
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