第十七話 それぞれのアイデンティティ

文字数 3,520文字



 ジンの荒い、執拗な攻撃が続いていた。
 ボロキレのように振り回すか、不意に近づいてきたのには乱暴に殴りつける。
 その度にオトギリソウはオイルを吐く。
 一方的な甚振りを喰らう事は予想していなかったのか、オトギリソウは何も成す術なく、呆然と叩きつけられていた。
 しかし、余りにも長時間された事でオトギリソウの表情が変わり出していた。

「調子乗るなよおおおお!!!」

 叩きつけられた刹那、ジンの胸を光線が貫いた。
 どうやら目から放ったようであり、予備動作が全くなく、ジンは一瞬で貫かれた。だが、
「何かしたかテメェ、甘っちょろいわなあ、ワレ」

 ジンは全く意に介す事なく静かに威嚇した。
 凄まじい熱気も衰えず、禍々しい表情も弱まっていない。
 これにオトギリソウは少し怯んだ。

「ここまで無茶させるのも予想外だけどこれで終わらせてやるよ!!」

 地面に無様に食い込まれたオトギリソウは、両手の掌をジンに向け、それぞれの掌を発光させた。しかし、ジンがこれ以上何かする動作がない。

「ほ!今のでどこかイカれちゃって何にも出来なくなったみたいだねぇ!やっと終わらせられるよ!」

 オトギリソウの顔が、狂笑と憤怒がごちゃ混ぜになった不思議な表情で大いに歪む。掌の発光が両手を包み、ボウリング球サイズの光弾が発生した。

「壊れちまいな!」

 刹那、オトギリソウが放つが、瞬で光弾が弾かれた。光弾は遠くへ弾き飛ばされ、かなり離れた廃墟群の中へ突っ込み着弾、爆ぜた。

 光弾を弾いたのは、サクラだった。

「テメェ、後で遊んでやるってのに待てないのか?」

 オトギリソウは割って入って来たサクラに噛みつくが、サクラの表情を見てすぐに固まった。

 悲し気に顔を顰めていたが、怒気が孕んでいるのか、全身から空間の歪みのような揺らめきが見える。
 ジンとは別物の、触れてはいけない何かのようだった。

「争いなんて望んでない。静かに暮らしたいだけ」

 サクラは無防備にオトギリソウの前に立ち、静かに呟く。
 震えがなく、怖さとか悲しさ、と言うような声色ではなかった。

「戦闘用アンドロイドだから何?
 戦う為に造られた?
 そんなの関係ないよ。
 今生きているのはおそらくここにいる私達だけ。
 それでもまだしようって言うなら」

 サクラは触れもせず、オトギリソウの身体を浮かせて持ち上げ、自分とジンから離れた、ツバキの足元に放り投げた。
 ツバキは呆然としたまま静観していたが、オトギリソウが足元に投げつけられて我に返る。

「すぐに終わらせるよ?」

 オトギリソウとツバキの方に振り向き、サクラは冷徹に言い放った。

「ケケケケ!そう来なくっちゃなあ!
 どうにも今は不利なようだから今回は大人しく下がってやる。次で終わりだ」

 捨て台詞を吐き、オトギリソウは雑に立ち上がり、ボロボロになった身体を変に揺らしながら跳躍、飛び去って行った。

「アナタもまだ、こんな事するの?」

 残されたツバキに、サクラは問いかける。
 先程の冷徹な怒りの顔ではなく、今度は一層、悲哀を一色にした顔になった。

「・・・わかんないね」

 それだけ呟き、ツバキも跳躍して飛び去って行く。
 今までと違ったのは、少し悔いの念の雰囲気が出ていた事であろうか。
 それを察したのか、サクラは追わなかった。

「アイツぁ・・・、アイツぁ何処、行ったんや!!
 まだ終わって、ないやんけ!」

 ジンは途切れ途切れに吠えた。
 口調や顔つきが別物になり、悪魔染みたオーラはそのままながら、オトギリソウから受けたダメージが原因なのか一歩も動けずにいる。

「ジン・・・」

 サクラは意に介さず、立ち尽くす怒りのジンを両手で、そっと抱きしめた。サクラの頭がジンの頬を掠め、密着した事によりジンは固まった。

「な・・・、おま・・・」

 ジンは身体が動かせないまま、慌てた。
 ジンの凄まじい熱気が直接触れた事により、サクラの身体のところどころが熱されて蒸気を帯びている。

「落ち着いて。いつものジンに戻って。今のジン怖すぎるよ」

 抱きしめたまま頭を上げたサクラは、悲し気な貌でジンの貌を見つめた。

「戻って来てよ」

 すると、ジンの顔が元のアルビノに戻り、色素の薄い身体に戻った。
 同時に、力なく崩れ落ち、サクラはジンの身体を受け止めた。





「随分派手ニヤラレタモノダナ。さいぼーぐハココマデノ戦闘力ヲ持ッテイタカ」

 診療台のような修復装置に載せられたオトギリソウを見て、マスターは解析を行っていた。ツバキは補佐に回っている。

「頭部のメインプロセッサに異常は見られないよ。
 右前腕部半壊、左前腕部半壊、右脚部全損、左脚部ほぼ全壊。
 部品どころかパーツの交換修繕というレベルだよ」

 つらつらとツバキは破損個所を読み上げるが、どうにもぶっきらぼうな声になっている。

「我ガ出来ウル最上級ノ改造ヲ行ッテヤロウ。二日アレバこやつハ完全ニ復活スル」

 マスターはそう言ってすぐに、修繕に取り掛かった。
 それから無言になり、オトギリソウの修復に一極集中となり、ツバキに話しかけなくなった。ツバキは特に何も触れる事なく、修復室を出た。
 それからツバキは何も言葉を発する事なく、自分自身の自問自答をしていた。


 アタシは何をしたい?

 本当にDBA-03Aを破壊したいのか?

 いや、違う。破壊したいなら初めての接触で何も出来ないDBA-03Aを破壊していた筈。

 アザミの静止もわざわざ聞いた。

 アタシはただ、何かを壊してそれで終わりの存在?

 いや、違う。ホントはアイツらみたいな在り方、羨ましいんだ。

 いや、違う。アタシは戦闘用アンドロイドだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 いや、違う。ならDBA-03Aに対してのこの答えが出ない感覚、何だ?

 わからない・・・。

 わからないよ・・・!





 修繕されている最中、オトギリソウはバックグラウンド状態で考えていた。
 目は瞑ったまま、表情も変える事なく。

 あのサイボーグ野郎は次会ったら確実に壊す。

 DBA-01Eはどうでもいい。邪魔立てするなら壊すだけだ。

 だがDBA-03Aは何だ?

 戦う気になってくれたのなら、それは越した事はない。

 なってくれた?いや、こっちが攻撃しまくるんだから、そうなって当然だろ?

 でもその気になってくれた事にこっちは喜んでいる?

 これは何だ?プロセッサの回答でも追いつかない。

 この偉そうなデカブツに聞いても答えにならないだろう。

 これは何だ?一体なんだ・・・?

 この頭の中を巡るワードがとにかく駆け巡っている。

 どうしたものか。

 そうだな。

 次、DBA-03Aに会えばわかるのか?

 そうしかないだろうな。

 次に会うのが楽しみだな、くくくっ・・・




 クエルはジンの受けたダメージの解析を行った。
 オトギリソウから受けた怪光線の痕跡を見て、クエルは深刻に考えた。どうにもこのダメージを受けて、元の状態に戻ってから、ジンが起動しない。
 人間で言うところの昏睡状態とも言える。
 修復出来ても、次ジンが起動する保証がないのだ。

「ジン・・・、起きてよ!」

 サクラは先程からこの調子で、寝そべられたジンの身体にしがみ付いて泣いている。アザミはただ傍観しているが、やはりアザミもサクラに感化されたのであろう、表情だけは悲し気になっている。
 これを見て、クエルは自身の頭脳回路を巡らせた。


 サイボーグ・ジンの損傷率は20%ながら、胸部に受けた光線の銃創が致命的損傷となり、このままでは最早修復の見込みはない。

 このままサイボーグ・ジンがいなくなったらどうなるのか?

 間違いなく、サクラは助けて欲しいと言ってくるだろう。

 そして悲しむだろう。

 悲しむ?悲しむって何だ?

 サクラと共に行動してから、サクラが余りにも人間的過ぎたので、感情の解析の役には立った。

 しかしこんな状態のサクラは初めてだ。

 俺のすべき選択は何だ?

 サクラを・・・、喜ばせる?

 助けるだけでよかったのではないのか?

 いや、それも十分に助ける、に該当するだろう。

 そうなると俺の取るべき手段はこれだ。

 ジンが助かるのは確実だ。

 だがサクラは反対するだろう。

 どう言ったらサクラは納得する?

 そうだ、そのまま伝えれば良い。俺はその為に造られたのだ。

 本来の目的よりは逸れているだろうが、俺は自分が造られた意味を、今自分で解答を見出した。





 しばらくして、クエルはサクラに問い掛けた。

「ジンを確実に、この場で助けられる方法がある」

 クエルが言い、サクラは無言で顔を上げる。
 アザミは何かを察したのか、口をキュッと真一文字に結んだ。

「俺自身をジンの修復に使う。
 俺がジンの身体に入り込み、同化すれば一日も経たずにジンは復活する」
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登場人物紹介

コードネーム:サクラ

OS起動コード:Satellite Active Kiling Underfront Runtime Android

型式:DBA-03A

花言葉 慈愛、純真、私を忘れないで

桜色の髪色からサクラと愛称される。

小型永久核融合炉を動力とし、自動修復機能を備えたナノスキンを保持している為、ほぼメンテナンスの必要がない。

戦闘用であるが、目的に反して慈愛の感情を持った為計画凍結に至る原因を作った。

機械離れの如く、まるで人間そのもののように振る舞う。

コードネーム:クエル

戦闘用アンドロイド補助自律端末

形式番号:PPS-03G

サクラ再起動の際傍らにいた補助端末。

サクラが開発された際に補助行動を行うよう同時開発された小型ロボットである。

命名者はサクラで、情報検索における情報要求のクエリを鈍らせたもの。

サイボーグ・ジン

OS起動コード、型式不明

5000年前に存在した人物、仁加山正=JINの記憶を受け継いでいる。

コードネーム=JINの亡霊を自称しているが、過去の仁加山正とは全く別の存在。

亡霊を自称している通り、仁加山正の記憶に苦しめられている。

サクラの屈託の無い笑顔や感情に心を打たれ、サクラを守るべくツバキやオトギリソウの攻撃から身を挺して守る。

コードネーム:ツバキ

花言葉 罪を犯す

OS起動コード:Tactics Underfront Battle Android Killcall Ignition

型式:DBA-02C

IRT-044の指示で行動、サクラの行動を監視している。

コードネーム:アザミ

花言葉 報復、独立

OS起動コード:Active Zone Android Mindcontrol International

型式:DBA-01E

IRT-044の指示でツバキに同行しているが、途中で離反。

コードネーム:オトギリソウ

花言葉 恨み

OS起動コード不明

型式:GA-X

戦闘用アンドロイドの完成形であり、人類殲滅を目的として作られた。

容姿の特徴で、性別の区別がつかず非常に中性的。

自己確立、容姿の確定要素から特にサクラに対し"恨み"に似た感情を持っており、計画凍結によりオトギリソウも強制的に凍結されていた為原因となったサクラを非常に恨んでいる。

IRT-044 イリス・システム

かつてのアンダーフロント統制制御システムだった、人類を滅ぼした元凶。

人類を滅ぼした後、レオン・アンカイザーの記憶と自身の記憶媒体の読み取りから人間の存在に改めて興味を抱き、人間に限りなく近い存在であるアンドロイドのサクラたちを目覚めさせ、互いに争わせる。

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