文字数 2,401文字

「じゃあ簡単に自己紹介して。安西君からどーぞ」
「は、はい! 安西和也です。美作第三アンドロイド大学大学院アンドロイドボディ開発学部です!」

 安西が名乗った途端、フロア内の社員がざわついた。理由は安西の在学学部だ。美作は若手の育成に力を入れていて、第三アンドロイド大学というのは若い才能を発掘すべく五年前に新設された大学だ。入学できればその時点で天才で、美作への入社が確約されたようなものなのだ。

「第三の安西? NICOLAシリーズの?」
「し、知ってて下さったんですか!?」
「合同文化祭は見に行ってるから。服の配色が派手だったから覚えてるよ。ファッション事業興味ある?」
「あ、あ、あります! 一般家庭は機能より見た目弄れた方が楽しいと思うからそこ盛り上げたくて!」
「いいね。若者の行き過ぎたセンス大歓迎」

 まじか、と社員の誰かが呟いた。それにつられて他の社員も安西に視線を集中させている。そんな人がトップバッターなんて次の人可哀そうだなと思わずにはいられない。だがそんな心配は無用だった。

「安東芳樹です。同じく第三のボディ開発です」
「ん? じゃあ同級生?」
「はい。同じ研究室です」
「優秀続きだな――…ん? 次も第三? 何、ここ全員同級生?」
「そうです。男七人、全員」
「へえ。今期は優秀だな」

 フロア中がさらにざわついた。何しろ第三は四半期ごとの試験を全てパスしなければ進学できず、卒業できるのは二十人に一人いれば良い方なのだ。しかも卒業後必ずしも美作に入社してくれるとは限らない。優秀だからこそ心身ともに限界が見える開発職に見切りをつけて、有名大学卒業のネームバリューを掲げて他の企業へ入る者が多い。
 そんな内部事情はともかく、美咲の問題はこの流れで自己紹介をしなくてはいけないということだ。 

「次は女子か。えーっと久世美咲」
「は、はい!」
「はい頑張って。じゃあ次の内藤純太。ガタイいいな。運動やってる?」
「え!? あの、私は?」
「何が?」
「何って、まだ何の自己紹介も」
「名前聞いたろ。内藤趣味は?」
「じ、実家がケーキ屋なのでケーキ作りを少々……」

 漆原は視線を内藤へ戻し、内藤の方が気まずそうにうろたえてしまっている。さすがの美咲もこれには苛立ち、がしっと漆原の腕を掴んだ。

「んあ? 何だよ」
「……何の話もしてないんですけど」
「だってお前中央だろ? 開発の講義すらない大学の生徒に何聞けっての」
「だ、だからってインターン相手にそれはないんじゃないですか」
「じゃあ志望理由でも言うか? どうせ俺目当てで言う事無いだろ。聞かない優しさだ」
「っち、違います! アンドロイドが好きなんです! 自分で作れるようになりたいと思ってます!」
「なるほど。じゃあまず基礎知識を教えてやる。ボディ開発は荷物運びが五割だ。スカートなんてやる気のない証拠」
「え、いえ、でも、初日だしちゃんとした服装がいいと思って」
「ズボンはちゃんとしてないって? うちの女性社員はみんなズボンだぞ」

 う、っと美咲は息を呑んだ。かくいう自分も、今日の服装にパンツスーツも候補にあった。だが漆原に気に入られるためにあえて可愛らしい服を選んでしまった。美咲はぐっと唇を噛んで俯いた。
「会社は学ぶ場所じゃない。働く場所だ。最低限は意識してこい」
「……すみません」
「気にすんな。毎年一人はいるよ、俺目当ての女子。満足したら辞めろよ」

 言ってることは最もだ。正しいのは美咲にも分かる。しかし――

「あんたパワハラモラハラって知ってる!? いい年して初対面でそんな態度、そっちだって失礼じゃない! 大体採用したのはそっちなんだから文句は採用に言いなさいよね!」
「……あ?」
「あ……」

 しまった、と気付いた時はもう遅い。フロアはしーんと静まり返った。社員の一人は耐え切れないように声を上げて笑い出したが、漆原はその長身でずおおおっと圧を掛けてきた。

「良い度胸だ。人事にそっくりそのまま伝えておおく」
「え!?」
「ちなみに人事評価は大学にも伝わるから就活に影響する」
「え!? ちょ、ちょっと待って! 無し! 今の無しで!」
「はい、じゃあインターンはオリエン。俺と顔合わせること無いから久世は帰ってもいいぞ」
「やります! やりますよ!」

 これが美咲のインターン初日だった。他のインターンには意気込みを聞いたり大学で何してるのかなんて有意義な質問をしているのに、美咲だけからかわれて終わったのだ。それどころか初日に上司へ喧嘩を売るなんて、それこそ失礼だ。
 だがそれとて向こうに非が無いとは言い切れない――と美咲は思っている。だが不愉快なのはそれだけで終わらなかった。

「もー! 一日に三回は私のつむじつつくの何なんですかあの人!」
「いいじゃん! 漆原さんにいじってもらえるなんてずるい!」
「私も最初にケンカ売っとけばよかった~!」

 百八十三センチメートルもある漆原にとって身長百五十五センチメートルしかない美咲はちょこまかしてて面白いようで、何かに付けておもちゃにされている。普通に声をかければいいのに何故か顎を置いてくるのだ。そしてそれを見た女性社員がきゃあきゃあと喚きだし、この手の話で貴重なランチを潰される。この話が楽しめるのならそれでも良いが、何故あんな不愉快な扱いをしてきた男の事で時間を取られなければいけないのかと美咲はイラつきを隠せない。
 美咲は帰宅すると着替えもせずベッドに転がった。スマートフォンを取り出しチャットアプリを開くと『遠野麻衣子』にメッセージを送る。

『明日は大学行く! 話聞いて!』

 同僚は相談相手にはならず家族にも相談できず、今の美咲が愚痴を言えるのは大学の友人だけだ。何かあるたびに愚痴メッセージを送っているが、それでもずっと聞き続けてくれている。そしていつものようにすぐ麻衣子からレスがきた。

『育毛剤買ってやろうか』
「いらないわよ!」
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