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文字数 1,387文字
「それでは所有権変更の手続きをお願いできますでしょうか」
「ああ、そうでしたね。上に行きましょうか」
ひんやりと冷えた地下に壊れたアンドロイドを残し、美咲と漆原は屋内エレベーターで三階へと案内された。
(家にエレベーター……ガチ金持ち……)
まさかそんな物が出てくるとは思わず、美咲はごくりと喉を鳴らす。一方漆原はにこやかに女性と会話を続けていて、本気で年収を聞き出したいと思っていた。
美咲がそんな他所事を考えている間に難しい手続きやら契約やらの話は漆原がサクサクと進め、女性もはいはいと分からない事などないといった風に聞いていた。おそらく明日はこれの契約についての説明をされるんだろうなと想像だけでもげんなりするが、女性の晴れ晴れとした顔を見るとこれもアンドロイド開発者として必要な知識なのだと思えた。
それから、書類確認に必要な拾得時の状況説明や引き取り方について等、形式上の説明を漆原がつらつらと語ると終わるころには既に三時間が経過していた。
「申し訳ありません。長居いたしまして」
「いいえ。楽しかったわ」
「あの、修理。待ってて下さいね。きっとあの子も家族と話をしたいはずですし」
「……優しい子ね、あなたは。有難う」
女性は柔らかく笑うと、美咲達に深々と頭を下げて見送ってくれる。
「よかったですね! 藤堂さん嬉しそうで!」
「そうだな。あー、疲れた」
「……漆原さんもうちょいこう……」
「もう十八時か。家まで送ってやるよ」
「え!? いいんですか!?」
「だってお前、こっから電車じゃ一時間以上かかるだろ」
ここと美咲の自宅マンションは会社を中心として真逆のため、時間も交通費もかかる。漆原の車で二人というのは女性社員に見られたらあれこれ言われそうだが、しかし天才かつ美形で名高い漆原朔也を足代わりにできるというのは気分が良かった。
「じゃあお言葉に甘えて」
「こういう時だけ素直だなお前」
「そんな事ないですよ。ほらドキドキしちゃって言葉が出てこないって言うか」
「はいはい」
異性にモテたいなんてふりは全く無いくせに、と美咲は口を尖らせながらドキドキしっぱなしですよ~と軽口を叩いた。
「……漆原さん。さっきの、藤堂さんて依存症っぽいですよね」
「仕事終わったら仕事の話すんな」
「そりゃそうですけど、気になるじゃないですか」
「あのな、お前みたいに仕事とプライベートの線引きできない奴は意識して切り替えろ。十八時過ぎたら仕事の事は考えない」
「え~。でもここで知らんぷりするのもなんか」
「他人の人生に足突っ込むなっての」
はい止め止め、と漆原は強制的に話を終了した。じゃあ何を話すのかと言えば、プライベートで接点のない上司と部下で話し合う会話は見つからなかった。
(漆原さんの輝かしい歴史についてなら引くほど知ってるけど)
だがまさか『私漆原さんが大好きでインターンに来たんです』話をするわけにもいかない。仕方なく朝ご飯何でしたか、なんてどうでもいい会話をぽつぽつとしていたけれどあっという間に会話は無くなってしまう。漆原から会話が提供される事もあまりなく、しばらくすると車中はしいんと静まり返った。
(あのアンドロイド、直るといいな。そうすれば藤堂さんだって……)
考えるなと言われてもやはり考えてしまう。けれど沈黙と遠出した疲労に車の揺れは揺りかごのようで、美咲は無意識のうちに瞼を閉じた。
「ああ、そうでしたね。上に行きましょうか」
ひんやりと冷えた地下に壊れたアンドロイドを残し、美咲と漆原は屋内エレベーターで三階へと案内された。
(家にエレベーター……ガチ金持ち……)
まさかそんな物が出てくるとは思わず、美咲はごくりと喉を鳴らす。一方漆原はにこやかに女性と会話を続けていて、本気で年収を聞き出したいと思っていた。
美咲がそんな他所事を考えている間に難しい手続きやら契約やらの話は漆原がサクサクと進め、女性もはいはいと分からない事などないといった風に聞いていた。おそらく明日はこれの契約についての説明をされるんだろうなと想像だけでもげんなりするが、女性の晴れ晴れとした顔を見るとこれもアンドロイド開発者として必要な知識なのだと思えた。
それから、書類確認に必要な拾得時の状況説明や引き取り方について等、形式上の説明を漆原がつらつらと語ると終わるころには既に三時間が経過していた。
「申し訳ありません。長居いたしまして」
「いいえ。楽しかったわ」
「あの、修理。待ってて下さいね。きっとあの子も家族と話をしたいはずですし」
「……優しい子ね、あなたは。有難う」
女性は柔らかく笑うと、美咲達に深々と頭を下げて見送ってくれる。
「よかったですね! 藤堂さん嬉しそうで!」
「そうだな。あー、疲れた」
「……漆原さんもうちょいこう……」
「もう十八時か。家まで送ってやるよ」
「え!? いいんですか!?」
「だってお前、こっから電車じゃ一時間以上かかるだろ」
ここと美咲の自宅マンションは会社を中心として真逆のため、時間も交通費もかかる。漆原の車で二人というのは女性社員に見られたらあれこれ言われそうだが、しかし天才かつ美形で名高い漆原朔也を足代わりにできるというのは気分が良かった。
「じゃあお言葉に甘えて」
「こういう時だけ素直だなお前」
「そんな事ないですよ。ほらドキドキしちゃって言葉が出てこないって言うか」
「はいはい」
異性にモテたいなんてふりは全く無いくせに、と美咲は口を尖らせながらドキドキしっぱなしですよ~と軽口を叩いた。
「……漆原さん。さっきの、藤堂さんて依存症っぽいですよね」
「仕事終わったら仕事の話すんな」
「そりゃそうですけど、気になるじゃないですか」
「あのな、お前みたいに仕事とプライベートの線引きできない奴は意識して切り替えろ。十八時過ぎたら仕事の事は考えない」
「え~。でもここで知らんぷりするのもなんか」
「他人の人生に足突っ込むなっての」
はい止め止め、と漆原は強制的に話を終了した。じゃあ何を話すのかと言えば、プライベートで接点のない上司と部下で話し合う会話は見つからなかった。
(漆原さんの輝かしい歴史についてなら引くほど知ってるけど)
だがまさか『私漆原さんが大好きでインターンに来たんです』話をするわけにもいかない。仕方なく朝ご飯何でしたか、なんてどうでもいい会話をぽつぽつとしていたけれどあっという間に会話は無くなってしまう。漆原から会話が提供される事もあまりなく、しばらくすると車中はしいんと静まり返った。
(あのアンドロイド、直るといいな。そうすれば藤堂さんだって……)
考えるなと言われてもやはり考えてしまう。けれど沈黙と遠出した疲労に車の揺れは揺りかごのようで、美咲は無意識のうちに瞼を閉じた。