episode 20. 動き始める時間

文字数 3,362文字

 イベントが終わり、今日は大学に来ていた。仕事は楽しくやれているが、やはり大学で友達と遊ぶ時間はまた別だ。
 そんな美咲のテンションが大いに上がった。それは目の前にいる教師から送信されたメールの内容だ。

「……先生。これ本当に?」
「本当だ」
「間違いじゃなく?」
「間違いじゃない。インターンに行った成果だろう。頑張ったな」
「は、はいっ! 有難うございます!」

 美咲はノートパソコンを閉じると全力で走り出した。向かった先はいつもの校内カフェで、待ち合わせしていた麻衣子に激突するように抱き着いた。

「ぎゃー!」
「やった~!!」
「美咲! 普通に出てきなさいよ! 何なの!」
「やったやったやった~!」
「だから何が!」
「じゃじゃ~ん!!」
「んあ?」

 美咲は自信満々でノートパソコンの画面を麻衣子に見せつけた。そこに表示されていたのは美咲が再提出した論文だ。以前はDと表示されていた評価だが、今回は違うローマ字が表示されている。

「論文A++頂きました~!」
「……ついに賄賂積んだか」
「違うよっ! 実力!」
「言い訳苦しい。どうやったらDがA++になんのよ」
「テーマ変えたの! ほら!」

 前回の論文はインターンに行った先ということもありアンドロイドのボディ開発というざっくりとしたテーマでまとまりのないものを書いてしまったのだが、今回は蒼汰の教え通りパーソナルプログラムの編纂についてだ。
 その中でも重きを置いたのが――

「アンドロイド医療とパーソナルの結びつきについてぇ~?」
「そ。パーソナル編纂の中で転機となったのがアンドロイド医療ではないかっていう」
「ちょーいちょい。あんたのインターン先はボディじゃろがい」
「そうだけど。穂積さんがこの方がいいだろうって」
「穂積? 穂積って、まさかアンドロイド医療の穂積蒼汰?」
「うん。良く知ってるね」
「そりゃ私補装具開発志望だし。アンドロイド医療は出てくるさ」

 麻衣子が研究しているのは医療用補装具についてだ。もともと美作は医者の家系で、それが次第に医療関連企業となり、そこにアンドロイドを取り入れ失敗と成功を繰り返し現在に至る。昔から変わらず美作の土台となっているのは医療用補装具で、そのさらなる発展に研究されたのがアンドロイド医療だった。
 けれどこれは多くの死亡者を出しプロジェクトは凍結され、現在はその反省を生かして安全な補装具の開発が進められている。

「あの穂積蒼汰がこのアホ娘の論文をね~」
「うるさーい。でも穂積さんはなんで補装具じゃなくてパーソナルにしたんだろ」
「さあね。そんなことより紹介してよ、穂積蒼汰。会いたい」
「えっ、そんな研究熱心だったの麻衣子」
「ううん。顔が好み」
「何だ! 私と同じじゃん!」
「同じじゃないわよ。進路はちゃんと決めた。あんたは?」
「それは……」

 つい先日まで美咲は進路のことを何も考えていなかった。けれどイベントを経てアンドロイドカフェの話をもらい、美咲は美咲なりに考えていた。

「……やってみようと思うことは見つかった。でも自信なくて」
「何。美作の何か?」
「うん。あんま詳しいことは言えないんだけど、漆原さんがプロジェクトに入れてくれて」
「何迷うことあんのよ。そのまま入社にこぎつけろ。そんで漆原朔也を落とせ!」
「落とさないって。まあでも……」

 恋愛云々はともかく、他よりは多少特別扱いなのではと思っている。どう考えても新規事業のプロジェクトに入れるのはおかしいことくらい美咲にも分かっている。何か特別な理由があるとしか思えない。
 だがそれが恋愛感情を向けられていると直結するかと言えばそういうことでもなかった。

(私情挟むとは思えないんだよね)

 わずかではあるが仕事ぶりをみて、見た目のイメージよりもはるかに真面目な人だというのはよく分かった。インターンにも気を配りチャンスを与えてくれる。それだけに実力が何もない人間を無意味にピックアップするとは思えないのだ。
 だがおそらく圧倒的に特別である出来事はあった。

「……何その意味ありげな間。プライベートの連絡先でも手に入れたの?」
「い、入れてない。そういうことではない」
「じゃあ何よ。絶対何かあったでしょ、その間は」
「い、いや~……ぶっちゃけ記憶にはないんだけど……」
「ヤっちゃった?」
「ってない! 多分!」
「多分?」
「あ、いや……」
「なになに~」
「……し、仕事の出先で遅くなったから車で送ってくれたんだけど、それが寝ちゃってさ。起きたら漆原さんの寝室だったっていう……」
「へぁ?」

 麻衣子は口を開けてぽかんとして美咲を見つめた。そしておもむろに美咲の両肩を掴んでくる。

「イケ」
「どこによ」
「落とせ。これは落とせるって」
「何でそうなるのよ……」
「だっておかしいでしょ! そんなのひっぱたいて起こせばいいのよ! 狙ってなきゃ寝室には連れてかないって! しかもインターン生!」
「……やっぱりそう思う?」
「思う」
「でもな~……」

 漆原がいくら天才で有名人でも若い男性だ。祖父母のどたばたで忘れていたが、普通に考えれば麻衣子の言う通りだろう。だが全く何事もなく呆れてすらいたあの態度からは色恋沙汰の予想は付かない。

「無い気がする」
「そんなことないって。初日から大喧嘩するインターンなんて鮮烈じゃない」
「悪い意味でね……」
「インパクトって大事だよ。他の女は羨ましくてたまらんだろ~。優越感ないの?」
「それはちょっとある」
「ほーらみろ。落としなよ。やっちゃえ」
「軽く言わないでよ。ちょっとの努力じゃどうにもならないって」
「努力しなきゃあのレベルは落とせないって。むしろ落とせる可能性が見えたなら押し倒しとけ」
「するかっ!」

 正直なところ、元々目当てだった以上そういうことも考えなくはない。

(でも今はせっかく仕事任せてもらえたし。それに……)

「今はいいの! 私もう行くね」
「会社?」
「うん。漆原さんと約束してるの」
「え、デート?」
「んなわけないでしょ! 仕事よ! じゃあね!」

 美咲はぐるんと麻衣子に背を向け、報告しろよー、という応援を聞きながら会社へと向かった。

「漆原さん!!」
「おー、来たな」
「はい! 話の前にこれっ!」

 来るはずの無い美咲の登場に漆原は首を傾げた。けれど美咲は漆原の疑問など無視して、ノートパソコンを開いてモニターを漆原に突きつけた。そこには下された評価が記載されている。

「論文なんとA++!!」

 美咲はふっふっふ、とどうだ見たかと得意満面に高笑いをした。しかし漆原は特に感動する事も無く表情一つ変えず、あっそ、とだけ言うと自分のパソコンに視線を戻してしまう。まるで興味の無さそうな上司の姿に口を尖らせ、美咲はもう一度パソコンを漆原にぐいぐいと突きつける。

「うるせーな。邪魔だ。どけ」
「えー! もっと喜んで下さいよ! A++ですよ!?」
「喜んで欲しけりゃボディ開発でA++取って来い。んな事より、お前の祖母ちゃん見つかったぞ」
「は!?」
「見てみろ。この人が久世裕子だ」
「な、何さらっと初めてんですか! どれ!?」

 今日の約束とはイベントの成功報酬にされていた祖母・久世裕子の情報を教えてもらうことだ。昨日は緊張してなかなか寝付けなかったのに、あまりにも簡単に始められて頭が追い付かない。
 慌てて漆原が見せてくれたノートパソコンのモニターを覗き込むと、そこに表示されているのはいくつかの動画ファイルだった。その中には一人の女性が映っている。

「え? これ、この人? この人が私の祖母ですか?」
「そう。どういう事だろうなこれ」
「こっちの台詞です。だってこの人は久世裕子じゃないですよ。証拠でもあるんですか」
「もちろん。これは話を聞きに行った方が早いだろうな」
 漆原はコツンとモニターを突くと、ポケットから車のキーを取り出した。
「特別だ。連れてってやる」
「あ、有難う御座います!!」

 そして、美咲は再び漆原の車に乗り込みオフィスを出た。途中で女性社員がきゃあきゃあと叫び、あの子誰、とひそひそしているのも聞こえていた。けれど今はそんなことに気を回している余裕もない。

「三十分もかからない。その間に心の準備しとけよ」
「……はい」

 美咲は幼い父と祖母、そしてA-RGRYが映っている写真を思い出しぎゅっと手を強く握りしめた。
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