episode 16. 蒼汰と朔也

文字数 3,357文字

 蒼汰が漆原朔也を知ったのは美作本社の入社式だった。
 新卒が集められて自己紹介をして交流するという場があったのだが、控えめに言って独壇場、悪く言えば一対全女性新卒の合コン状態だった。それも明らかに本人は興味がないようでろくに会話もしない不遜な態度は男性陣を苛立たせた。その中で唯一朔也と話した男性新卒が蒼汰だった。

「お前! 穂積蒼汰だろ! アンドロイド医療唯一の成功者!」
「せ、成功?」

 この年の新卒で最も異色なのは蒼汰だった。既に禁忌といっても過言ではないアンドロイド医療唯一の生存者で、当時は人ならざる人のようにも扱われた。それくらいアンドロイド医療は死と隣り合わせで、だから『成功』ではなく『生存』と呼ばれる。
 だから蒼汰に好き好んで近付く者は少なく、近付いてくるのは下心のある研究者かマスコミくらいだった。他の人間は基本的には口をつぐみ腫れもの扱いだ。それだけに、蒼汰にとって朔也はあまりにも型破りな存在だった。

「なんでアンドロイド医療なんてやろうと思ったの? 死ぬ確率の方が高いんだろ?」
「……真っ向からそういうこと聞く?」
「遠回しにじわじわ言えって? 嫌じゃねえ?」
「どっちにしろ嫌だよ」
「え、嫌なの?」
「嫌に決まってるだろ!」
「何で? せっかく生きてるのに?」

 周囲がざわつく中で、朔也は無垢な眼差しで首を傾げた。既に蒼汰と朔也は水の中に放り込まれた油のようだった。

「なあ、お前部署どこ?」
「え、だ、第二。パーソナル」
「俺第一。なあ、共同開発しようぜ。俺ボディ作るからお前パーソナル作れよ」
「え、な、なんで」
「面白いからに決まってんじゃん。アンドロイド医療なんて貴重な体験、活かさない手はないって!」
「……自分の成果のために僕を利用するの」
「利用? 馬鹿言え。活用だろ。失敗は成功のもと。お前にとってその目が失敗かどうかは知らないけど、その経験が誰かのためになれば失敗じゃない」
「失敗じゃ、ない……?」
「お前は失敗でいいの?」
「……それは」

 それから朔也は蒼汰に付いて回り共に開発をし切磋琢磨し、気が付けば蒼汰はパーソナル開発を担当する第二のマネージャーになっていた。
 その頃には既に蒼汰がアンドロイド医療の生存者であることなど誰も話題にしないくらい、朔也は抜きんでた存在になっていた。おかげで蒼汰が話しかけられる理由はアンドロイド医療ではなく漆原朔也唯一の友人というものにすり替わった。朔也は何の意図もないだろうが、それは白い目を向けられることの多かった蒼汰にとって幸せなことだった。
 だから蒼汰は朔也の頼みは断らない。朔也が意味のないことをするはずがないし、困っているのなら助けてやりたいと思っている。

(けど、まさか女の子の相談されるとは思ってなかったなあ)

 珍しく社内で電話がかかって来た。何かと思えば、自分の部署のインターンの論文を見てほしいという話だった。朔也がインターン一人に時間を割くこと自体が稀だったし、ましてや女の子なんて論外なのだ。なにしろ女性インターンは朔也目当てであることが多く、過去にそれを見抜けずうっかり入社させたら色恋沙汰で問題になったことがあった。それも女性が一方的に熱を上げストーカー化した結果朔也に怪我をさせるというなかなか派手な事件があり、それ以来、女性インターン生には注意するようにというお達しが出ている。だから朔也はインターンには優しくしないし必要以上に手を掛けることはしない。それがまさか特定の一人のために動くとは、誰も思っていなかった。

「朔也」
「おー。お疲れ」

 朔也に頼まれたインターン生の久世美咲の論文を見てやった報告にやって来た。既に二十一時を回っていて既にフロアには誰もいないが、朔也だけがパソコンに向かっている。

「久世どうだった」
「んー、そうだなあ。朔也と似てるなと思った」
「は?」
「僕の目を成功だって言ったよ。朔也から二人目」
「……そんな話したわけ」
「僕が治験者だったってとこだけね」
「この大事な時に混乱させるなよ」
「どうだろう。あの子は大丈夫な気がするよ。感情的な子かと思ってたけど意外に冷静。話てても論文見ても、ちゃんと人間とアンドロイドの線引きをしてる」
「お前もそう思うか」
「うん。故人の代用じゃなく新たなパートナーになるのがアンドロイドの本懐で、でも依存症の良し悪しはまた別――だってさ」
「だろうな。あいつは依存症に無縁だからか一歩引いてやがる」
「無縁かは分からないよ」
「分かるさ。母親を守るために爺さんと喧嘩するくらい家族を愛してる。親が久世を汚いことから遠ざけたのは愛してるからだ。人間同士愛し愛されてる奴は依存症にはならない」
「愛し愛されねえ……」

 朔也らしからぬ発言だな――と誰もが言うだろう。朔也が感情を判断基準に含めることはない。無意識下で冷静な判断をできなくなるから異性との共同作業も嫌う。自ら誰かの感情を揺さぶることもしないし揺さぶられることもない。決まった行動以外を会社という集団の中でみせることはほぼ無い。
 だがこの数日で異例の事態が起きた。

「あの派手なスポーツカー出したの久しぶりだね」
「は? 何の話だよ」
「うちの部署の子が見かけたらしいけど、大騒ぎだったよ。ぜーったい恋人乗せてるんだって」
「阿保か。ありゃアンドロイド運ぶためだ」
「そんなの朔也がやる必要無いじゃない。メール室にトラック出してもらえばいいんだから。常設二台」
「手が空いて無かったんだよ。つーかほぼ私情だし」
「私情で動いちゃったんだ。へーえ」
「……何だよ」
「別に。あ、あのスーツは失敗だと思うよ。大学生は引くって」
「人の私服にケチつけんな。つーか何だよ。何だこの話」
「朔也の寝室、あのアロマ良い香りだよね。久世さんも同じ香りしてた」
「……オレンジのアロマなんていくらでもあんだろ」
「あ、同じ香り付けてたってのは否定しないんだ」

 げ、と朔也は焦った顔をした。

(へー。朔也でもこういう顔するんだ)

 つい蒼汰はくすくすと笑ってしまった。いつもの朔也なら知らぬ存ぜぬ我関せずだ。それがこんないかにも嘘を吐いていたと丸わかりの態度を取るなんて、こんなことはありえない。

「初めてだよね、朔也に媚びず啖呵切る女の子って。人生でいた?」
「……いなかったら何だよ」
「別に。ただ目立ってるよ。女の子が朔也のインターン一週間越えも初だし」
「見込みのある奴は育てる。それだけだ」
「そんなの女の子には通じないから気を付けなよ。僕帰るけど、朔也は?」
「俺はもーちょい。妙なメールが来てて」
「クレーム?」
「いや、エラーアラート。でもこれどーも……」
「厄介事? 手伝うよ」
「いや。ほとんどプライベートみたいなもんだから……」

 随分と歯切れが悪く、こういう態度もまた珍しい。基本的に白か黒かという性格なのだ。

「首突っ込んでいいなら手伝うよ。しばらく朔也忙しいんだし」
「……お前A-RGRY知ってるか?」
「そりゃまあ。どうしたの急に」
「久世が拾ったんだよ」
「ええ? 大丈夫なのそれ」
「それ自体は大丈夫。気になってるのは別件でさ。あれのパーソナルってどうなってんだ?」
「どうって、ほとんどサービスセンセーションだよ。あれの問題は本体じゃなくて不正対策が不十分なとこだ。パーソナルの問題を上げるとしたら完成度の低さかな。低すぎて大したことはできない」
「だよなあ……」
「何かあったの? エラーってA-RGRY?」
「いや、どうなんだろ……」
「A-RGRYなら回収でしょ。朔也が今頑張っても仕方ないよ」
「……だよな。明日にするか」
「そうそう。久世さんにくたびれた顔見せたくないでしょ」
「お前今日どうしたんだ?」
「それはこっちの台詞だよ。プライベートで人助けするほど優しかった?」
「優しいに決まってんだろ。俺は万人に優しい」
「はいはい」
「おいこら」
「さー、帰ろう帰ろう。残業すると怒られるからね」

 蒼汰は強制的に帰宅させようと、ぱちぱちとフロアの電気を消した。
 朔也億劫そうに立ち上がるとノートパソコンを鞄へしまい込んだ。会社を出たら仕事をしないのが朔也の信条なのに仕事用のパソコンを持ち帰るのは珍しい。
 やはり今までの朔也とは少し違う様子は心配にもなったけれど、蒼汰は何となく嬉しく感じていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み