#05-005「アサクラの望み」

文字数 2,752文字

 全GSLの撃破を確認――アサクラはカタギリからの報告を受けて、何度か頷いた。

「残るはアレだけか」
『深淵なるもの――』

 スクリーンに映し出されているのは宇宙空間だ。映像の送信元は環地球軍事衛星群(グラディウス・リング)の一基である地表観測用衛星である。

「まったく、手の込んだことの好きな方だ」

 アサクラは椅子に座りなおすと、薄い微笑を浮かべた。 

「ヒキ、二人を回収しろ。即座にメンテナンスを実施し、出撃体制に」
『すぐに? 無茶言うなよ、電脳がぐちゃぐちゃになってるんだぞ』
「それでもだ。時間はない」
『ったく!』

 シルス・マリアの基部で待機しているヒキの毒づく声が、直接アサクラの脳内に響いてくる。だが、アサクラは表情を変えない。

 メインスクリーンに映し出される映像は、ちょうど日本を真上から捉えているものだった。それは特段おかしなものではない。ただ一点、北海道が暗黒色に塗り潰されている他は。青い海の真ん中に、突然空いている黒い大地。GSLが撃破される都度、その色は次第に濃くなり、全滅した際にはありとあらゆる黒より暗い暗黒色に染まったのだ。そしてそれは、まぎれもなくGSLの反応を示していた。撃破されたはずのGSLの持っていたナノマシンのパターンが、北海道という領域の中に混在して観測されたのだ。

「GSLを全て倒すことで出現する。長谷岡博士はゲームが好きだったのかもしれんな」

 アサクラは「どうしたものか」と少し考え込む。

「カタギリ。長谷岡博士と八木博士は、いったいどこへ行ったんだと思う?」
『二人を二人たらしめる情報は、おそらく統合の鎖を解かれていることだろう』
「死とは違うのか」
『物理的にはそうかもしれないが、論理的には()となったと言えるかもしれんな』

 カタギリの言葉に、アサクラは意味深な微笑を見せた。

「エメレンティアナやお前と同じようにか」
『ははは』

 少年の姿――カタギリ――がスクリーンに割り込んできた。

『私は()ではない。あらゆる時間、あらゆる場所に存在はするが、その前提に()()がある』
「第三者がいなければ存在し得ないと」
『そういうことだ。だが、両博士は、観測されずとも存在する――つまりプロトコルそのものとなった』
「その根拠は」
『アキだ。彼女の存在こそが、両博士の成れの果てだ』

 カタギリはスクリーンの中で腕を組む。

『アキはすべてのプロトコルを繋ぐゲートウェイとして、ミキはそのバックアップとして作られた。クリスタルドールというコードは、数ある機械化人間(マキナドール)の中でも、二人にのみ与えられたもの』
「In3、黄金の剣、そしてAgn(アグネス)……それに――」
『ジークフリート』

 カタギリはフッと微笑する。

『アサクラ。お前は私を何だと思っている?』
「量子コンピュータの描いた夢」
『ははは!』

 カタギリらしからぬ笑い方をする少年のアバター。

『お前からそんなファンシーな言葉が聞けるとはな。だがまぁ、ハズレでもない』
「だろうな」
『私は人の創りし演算装置が生み出した意志。次世代の意識モデルとして、コンピュータたちが創造したもの』
「人の……敵か」
『イエス』

 カタギリは肯いた。

『人をより高みに導く。人というカテゴライズを拡大し、そしていずれ、現生の人に取って代わるべき存在だ。そうして人は連綿と進化してきたのだから』
「確かにな」

 アサクラは驚いた風もなく相槌を打った。

『長谷岡博士と八木博士は、私をこそ脅威と考えた』
「……」
『正確には、量子演算装置が生み出すであろう意識モデルをな』
「なるほど。結果としてそれがカタギリ、お前になったと」
『そういうことだ』

 アサクラはブリッジを押し上げながら、スクリーンに映るカタギリを見上げる。

「だがお前は、むしろ長谷岡博士らを後押しするようなことをしてきたな」
『そうだ。だが、それは長谷岡博士らの目論見というより、私の意志によるものだ』
「……()()か」
『冴えているな』
「いつも通りだ」

 アサクラは無感情に応じる。

『私も、そして長谷岡博士たちも、中庸の立場に立つことを決めた。ただ、時計の針を早めることだけを行った。その結果のGSL(福音の徒)であり、機械化人間(マキナドール)であり……』
「人類自身に、進化の道を(えら)べと」
『イエス』

 カタギリは小さく肯いた。
 
『博士たちは自分たちの権能が及ぶうちに人類の未来を決めさせんとして、この道を択び、この世界(プロトコル)を用意した』
「この世界そのものが、両博士の夢か」

 両博士が()()()()()――アサクラは以前、アキたちにそう語った。カタギリはその答え合わせをしようとしているのだった。

『イエスだ。そしてそれは同時に、世界の夢でもある。マクロな意識の持つ夢、漠然たる観測、その結果の存在。その持ち主はすなわち()であり、両博士は()の死を予見した。であるからこそ、世界は新たなる世界を、あるべきプロトコルを求め、その結果として生成されたのが、長谷岡龍姫という()だった。その()に手段を与えたのが八木加奈子であり、それによって()世界(プロトコル)揚棄(ようき)された』

 そこでパワードスーツを着たヒキとアヤコが、アキとミキを背負って上がってくる。

「応急処置は済んだ。あと半日くれ」
「半日もあれば、世界は瀕死になる」

 アサクラは冷徹に断言する。ヒキは「しかし」と言い募る。

「今、二人は過負荷状態だ。メモリ領域の正常化をさせないと、まともに動けないぞ。ハードの取り換えが必要かもしれない」
「ならばお前が択べ、ヒキ。彼女らに万全な状態をもたらすために人類数十億を犠牲にするか、否か」
「しかしうまくいかなければ全滅もあるんだろう?」
「少なくない確率でな」

 アサクラは興味なさげに言った。ヒキは舌打ちする。

「アサクラ、そんなことは――」
「俺は」

 アサクラが視線でヒキを制する。

「どちらでも構わない。だが、二人の性格的にどうだろうな。二人の()()()()()を考えるなら、盤石でなくても動けるようにしてやった方がより良い選択だと、俺は思うがな」
「……わかった」

 ヒキは首を振った。

「アヤコ、大至急再起動プロセスに。可能な範囲でシステムチェック。プロセスの正常化は稼働させながら実施する」
「了解です」

 アヤコは美貌を曇らせながら応答する。

「移動中にリブートを掛けましょう。モニタはアカリにさせます」
「アカリ、いけるか」
『なんとか』

 どこからともなく応答がある。

「で、アサクラ。何分で仕上げればいい」
「カタギリ、()()()()()()とやらの活性状況は」
『ざっと三時間で起動するだろう。半日持たずに環地球軍事衛星群(グラディウス・リング)のネット汚染に至る』
「三時間ね……」

 ヒキは言い捨てるとミキを担いでエレベータの中に駆け込んだ。アヤコもパワードスーツを走らせながらその後を追う。

「さて、どうしたものかな」
『お前の望みも理解しているつもりだぞ、アサクラ』

 その言葉を境に、二人は静かに沈黙する。
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登場人物紹介

アキ。本作の主人公。

ほぼ全身を義体化した、機械化人間(マキナドール)。近接戦闘を得意とする。無茶と無鉄砲を足して二で割ったような性格。

ミキ。

アキの相棒。こちらも機械化人間(マキナドール)だが、ミキが得意とするのは中長距離での砲撃・銃撃戦闘。また、超重装甲。

アキのサポート役に回ることが多いが、単騎でのミッションもしばしばある。

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