#99-999「真実を知る日」
文字数 1,470文字
おーい、アキ姉、そろそろ行くぞ。
ミキは二階に向かって声を掛けた。
「待ってー! お姉ちゃんを置いていかないで!」
「はいはい」
ミキは呆れたように車のキーをくるくると弄び、カバンを「よいしょ」と持ち直す。
「ほんと、余裕を持った行動というのをだな、そろそろ覚えなきゃ」
「ごめんねミキ。あたし、三分前行動してるんだけど、世界の時間が速いのよ」
「哲学だな」
ミキはパンプスを履き、アキを待つ。いつものことだ。
大学に向けて車を走らせていると、信号に捕まった。その時たまたま、横に選挙カーが並ぶ。そこには「桐矢響子」の名前があった。この選挙から政界入りを狙う、新進気鋭の候補者だった。二十年後には内閣総理大臣になるであろうなんて紹介されてたな――車を自動で走らせながら、ミキは頬杖をついている。助手席ではアキがおにぎりを頬張っていた。寝坊するがゆえに、いつでも朝食は車中である。ちなみにおにぎりはミキが握っている。
後部座席の窓に、桐矢本人の姿があるのを見つけ、ミキは少し表情を険しくした。
「アタシ、あいつのことなんか気に入らないんだよね」
「なんで?」
「なんか」
ミキは溜息を吐きつつ、信号が変わるのを見届けた。車が走り出し、桐矢の車とは別の道を行く。
「ところでアキ姉。論文のテーマは決まったんだっけ?」
「うっ……胃が」
「そんだけおにぎり食っといてよく言うわ」
あきれたように言いながらも、その口元には柔らかい微笑が浮かんでいる。
「テーマは何にするのさ」
「ええとね」
アキは空中に指で長方形を描いた。するとそこに何か文字情報が表示される。
「覚えとけよなぁ。博士号取れるかどうかなんだろ」
「どーせ十代でドクターな美貌の妹ちゃんには、何をとっても勝てないお姉ちゃんですよーだ」
「拗 ねてる場合か。で、テーマは?」
「んーと、論理世界と物理世界に於ける共通プロトコルの存在について」
「どういうことだ? 物理世界と論理世界が同じプロトコルなわけないだろ」
「そうかな?」
アキは首を傾げる。
「その二つのレイヤって、本質としてどこか違うの?」
「違うも何も、物理世界はあらかじめアタシたちが存在してる世界だし、論理世界はそこから派生したプロトコルの世界だろ? いくらネットワークの世界が物理世界を模したモノだと言っても、その約束事 はあくまで模倣的 だろ」
「それ、違うと思うんだよなー、あたしは」
「だったらなにかい、アキ姉。物理と論理、どっちも同じレベルのレイヤに属しているって、そう思ってるわけ?」
「うん。主従関係はないと思う」
「へぇ」
ミキは半眼になってアキを見る。
「まぁ、そういう考え、否定はしないけど。ラジカルっていうかエキセントリックっていうか。で、教授はなんて言ってるのさ」
「長谷岡教授?」
「うん」
「面白いねって。昨日はそ う い う 考 え の持ち主を待ってたんだって言ってくれたけど」
「へぇ……あの長谷岡教授にそこまで言わせたのか、アキ姉」
「すごい? お姉ちゃんすごい?」
「はいはい、すごいすごい」
「あー! 心がこもってないよ!」
アキはおにぎりをもぐもぐしながら抗議した。
その時、フロントガラスに突如「緊急停止」と表示されて車が止まった。
「あ……!」
二人は同時に声を発する。
「あれってさ」
「うん」
二人は茫然と車から降りた。周囲の車たちも全て停止しており、まるで時間が止まったみたいだった。
目の前に現れたそ れ を見上げると、その暗黒の眼窩と目が合った。
「アキ姉、あれ、見覚えある……よな?」
「うん。ア ヴ ァ ン ダ だ」
西暦2093年――今回の世界はここから始まる。
ミキは二階に向かって声を掛けた。
「待ってー! お姉ちゃんを置いていかないで!」
「はいはい」
ミキは呆れたように車のキーをくるくると弄び、カバンを「よいしょ」と持ち直す。
「ほんと、余裕を持った行動というのをだな、そろそろ覚えなきゃ」
「ごめんねミキ。あたし、三分前行動してるんだけど、世界の時間が速いのよ」
「哲学だな」
ミキはパンプスを履き、アキを待つ。いつものことだ。
大学に向けて車を走らせていると、信号に捕まった。その時たまたま、横に選挙カーが並ぶ。そこには「桐矢響子」の名前があった。この選挙から政界入りを狙う、新進気鋭の候補者だった。二十年後には内閣総理大臣になるであろうなんて紹介されてたな――車を自動で走らせながら、ミキは頬杖をついている。助手席ではアキがおにぎりを頬張っていた。寝坊するがゆえに、いつでも朝食は車中である。ちなみにおにぎりはミキが握っている。
後部座席の窓に、桐矢本人の姿があるのを見つけ、ミキは少し表情を険しくした。
「アタシ、あいつのことなんか気に入らないんだよね」
「なんで?」
「なんか」
ミキは溜息を吐きつつ、信号が変わるのを見届けた。車が走り出し、桐矢の車とは別の道を行く。
「ところでアキ姉。論文のテーマは決まったんだっけ?」
「うっ……胃が」
「そんだけおにぎり食っといてよく言うわ」
あきれたように言いながらも、その口元には柔らかい微笑が浮かんでいる。
「テーマは何にするのさ」
「ええとね」
アキは空中に指で長方形を描いた。するとそこに何か文字情報が表示される。
「覚えとけよなぁ。博士号取れるかどうかなんだろ」
「どーせ十代でドクターな美貌の妹ちゃんには、何をとっても勝てないお姉ちゃんですよーだ」
「
「んーと、論理世界と物理世界に於ける共通プロトコルの存在について」
「どういうことだ? 物理世界と論理世界が同じプロトコルなわけないだろ」
「そうかな?」
アキは首を傾げる。
「その二つのレイヤって、本質としてどこか違うの?」
「違うも何も、物理世界はあらかじめアタシたちが存在してる世界だし、論理世界はそこから派生したプロトコルの世界だろ? いくらネットワークの世界が物理世界を模したモノだと言っても、その
「それ、違うと思うんだよなー、あたしは」
「だったらなにかい、アキ姉。物理と論理、どっちも同じレベルのレイヤに属しているって、そう思ってるわけ?」
「うん。主従関係はないと思う」
「へぇ」
ミキは半眼になってアキを見る。
「まぁ、そういう考え、否定はしないけど。ラジカルっていうかエキセントリックっていうか。で、教授はなんて言ってるのさ」
「長谷岡教授?」
「うん」
「面白いねって。昨日は
「へぇ……あの長谷岡教授にそこまで言わせたのか、アキ姉」
「すごい? お姉ちゃんすごい?」
「はいはい、すごいすごい」
「あー! 心がこもってないよ!」
アキはおにぎりをもぐもぐしながら抗議した。
その時、フロントガラスに突如「緊急停止」と表示されて車が止まった。
「あ……!」
二人は同時に声を発する。
「あれってさ」
「うん」
二人は茫然と車から降りた。周囲の車たちも全て停止しており、まるで時間が止まったみたいだった。
目の前に現れた
「アキ姉、あれ、見覚えある……よな?」
「うん。
西暦2093年――今回の世界はここから始まる。