#03-003「雑踏を引き裂く弾道」
文字数 2,406文字
空気を読めよ、まったく。
雑踏を切り裂くように歩きながら、ヒキがぶつぶつと言っている。アキは苦笑しながらその後ろをついていき、そして不意にヒキの左腕に自身の右腕を絡ませた。
「えへへ!」
「えへへってお前な」
ヒキは少し早足になる。アキは軽やかに合わせてくる。
「あたしさぁ――」
言いかけたその時だ。アキは突然ヒキを突き飛ばし、左腕を自らの顔の前に掲げた。甲高い金属音と共に何かが弾かれる。その一秒ほど後に、遠くで炸裂音――弾丸の発射音――が聞こえた。
「こんな往来のど真ん中で!」
アキはヒキを助け起こすと、何が起きているのかわからない人々を押しのけるようにして建物の陰に身を潜めた。
「助かった、アキ」
「油断大敵だよ」
「だな」
ヒキは自分の迂闊さを責める。あの瞬間、完全に油断していたのは事実だからだ。
「ヒキ、隠れていて」
「いや、このまま本部に戻ろう。相手のデータは取れたか?」
「ううん。12.7mm弾ってことはわかったけど、それだけかな。陸軍で使ってるタイプだと思う」
アキは抉 り取られた左腕を見せつつ舌打ちした。
「この時間、この雑踏の中で一般人に被害を出さずに狙撃……いや、まさかね」
「とにかく、本部に戻ろう。今は報告が先だ」
「もうしてる。アサクラさんも戻れって言ってる」
二人は頷きあうと、混乱する人々を盾にするようにして例の入り口まで移動した。再度の狙撃に警戒しながらドアを開けると、そこにはぼさぼさの髪の小柄な青年が座り込んでいた。
「油断しすぎだろ、ふたりとも」
「サトー!? びっくりさせんなよ!」
「俺様が一瞬遅かったら、お前ら二人黒焦げだったんだぞ!」
二人を中に引きずり込んで、サトーと呼ばれた青年は勢いよくドアを閉める。サトーは右手に小さな箱を持っていた。
「げっ」
一目でその正体を見抜き、ヒキは思わず声を上げる。アキはまだ事態を飲み込めておらず、きょとんとした顔で二人を見た。サトーは得意げにその小箱を掲げ、早口で解説した。
「レトロなC4トラップさ。この量ならアキは死なないだろうけど、ヒキは良くて即死だな」
「どこのどいつがドアの中に仕掛けられるって言うんだ。そもそも入れないだろ」
「未だに顔認証セキュリティの神話を信じてる奴がいることに驚きを隠せないサトー大明神であった」
早口でそうまくしたて、サトーは小箱をヒキに投げ渡す。ヒキは不本意そうな顔をしてそれを受け取り、鼻で息を吐く。
「アカリのセキュリティを突破するような奴がいるのか」
「カタギリならともかく、アカリ程度のハッカーなら世界に五十人はいるぜ」
「その中の一人がそのイタズラを仕掛けたって?」
三人はようやく歩き始める。サトーが先頭だ。
「そういうことさ。間一髪、アカリがネットワーク走査 をしていて気付いたから、何とか間に合ったと」
「ちょっと待ってよ」
アキが不機嫌な声を発する。
「アサクラさんだってそれ、気付いてたはずじゃない? なのに、すぐ戻れとか。せめて一言くらい警告くれてもよかったじゃない」
「あの人のそういうところは今に始まったことじゃないだろ」
「そりゃそうだけど、今回ほど命の危険を感じたことはないよ」
憤然としてアキは言う。サトーは「俺に言われても困る」と言い切り、大股で歩みを進めていく。
「ていうか、その爆弾から犯人の心当たりはつくんじゃないの?」
「爆弾は何の変哲もないレトロ兵器。足のつくもんじゃねぇし。アカリによれば、ハッキングも見事で、どのハッカーのクセにも該当しないらしいぜ」
「ってことは手掛かりなし?」
「手掛かりがないことが手掛かりじゃねぇの?」
サトーは小さく振り返りヒキを見る。ヒキは「だな」と短く同意した。
「国内にそんなことをできる奴らはいない。というより、俺たち相手に立ち回ろうとする勢力がいるとは思えない。ヴェンデッタやカナリヤ、アボリッシュピース。軍事勢力のどこを見ても、俺たち相手に遊んでる余力のある所はない」
「だとしたらどこが?」
アキの問いに、ヒキはしばらく間をおいてから答えた。
「外国勢力だろうな」
「が、外国……?」
「なに、奴らが直接動く必要はないだろうさ」
「一般人の電脳にタダ乗り するってこと?」
「その可能性もある」
そう応じて、エレベータに乗り込む。ヒキはエレベータの階数表示が変わっていくのを眺めながら、ひとしきり唸った。
「だが、それだとあんな狙撃はできないな」
「だとするとやっぱり……」
アキは腕を組んでうつむいた。
「でもなんで外国勢力が? GSLで手一杯なんじゃないの?」
「情報はほとんど入ってこないから定かじゃないが」
前置きをしつつ、ヒキは言う。
「GSLを最初に殲滅できた国家が世界を掌握する……とも言えるだろ」
「うん?」
「諸外国がGSLで粉砕されてるところに付け込めるからな」
「ああ、そうか」
アキは頷いた。
「だから、その邪魔をしに来ているのがいるってこと?」
「多分、お互い様ってことなんだろうが」
「そういうこったな」
サトーがヒキの手の中にあるC4爆薬を見ながら、少し威張るようにして言った。
「手掛かり一つも残さずにここまでの仕事をやってのける。こりゃもう、アメリカさんしかいねーよ」
「アメリカか。ロシアや中国のセンはないのか?」
「ロシアは今現在ヨーロッパとやりあってる最中だし、中国は政局の真っ最中。そのうえGSLが北京に現れててんやわんやだって、ついさっき聞いた」
「なるほど」
米国が主犯であると断じるには、今一つ材料が少なくも感じないではなかったが、ヒキはとりあえず納得することにした。ここで議論したところで結論が出るわけではない。
「で、日本国 にもGSL出たんでしょ」
「ああ」
サトーは一拍置いてから少し威張ったように付け足した。
「今度の奴はベルフォメトって言うらしい」
「ベルフォメト?」
「由来は知らねーよ」
そうこうしている間に、アサクラのいる中央制御室に到着する。
雑踏を切り裂くように歩きながら、ヒキがぶつぶつと言っている。アキは苦笑しながらその後ろをついていき、そして不意にヒキの左腕に自身の右腕を絡ませた。
「えへへ!」
「えへへってお前な」
ヒキは少し早足になる。アキは軽やかに合わせてくる。
「あたしさぁ――」
言いかけたその時だ。アキは突然ヒキを突き飛ばし、左腕を自らの顔の前に掲げた。甲高い金属音と共に何かが弾かれる。その一秒ほど後に、遠くで炸裂音――弾丸の発射音――が聞こえた。
「こんな往来のど真ん中で!」
アキはヒキを助け起こすと、何が起きているのかわからない人々を押しのけるようにして建物の陰に身を潜めた。
「助かった、アキ」
「油断大敵だよ」
「だな」
ヒキは自分の迂闊さを責める。あの瞬間、完全に油断していたのは事実だからだ。
「ヒキ、隠れていて」
「いや、このまま本部に戻ろう。相手のデータは取れたか?」
「ううん。12.7mm弾ってことはわかったけど、それだけかな。陸軍で使ってるタイプだと思う」
アキは
「この時間、この雑踏の中で一般人に被害を出さずに狙撃……いや、まさかね」
「とにかく、本部に戻ろう。今は報告が先だ」
「もうしてる。アサクラさんも戻れって言ってる」
二人は頷きあうと、混乱する人々を盾にするようにして例の入り口まで移動した。再度の狙撃に警戒しながらドアを開けると、そこにはぼさぼさの髪の小柄な青年が座り込んでいた。
「油断しすぎだろ、ふたりとも」
「サトー!? びっくりさせんなよ!」
「俺様が一瞬遅かったら、お前ら二人黒焦げだったんだぞ!」
二人を中に引きずり込んで、サトーと呼ばれた青年は勢いよくドアを閉める。サトーは右手に小さな箱を持っていた。
「げっ」
一目でその正体を見抜き、ヒキは思わず声を上げる。アキはまだ事態を飲み込めておらず、きょとんとした顔で二人を見た。サトーは得意げにその小箱を掲げ、早口で解説した。
「レトロなC4トラップさ。この量ならアキは死なないだろうけど、ヒキは良くて即死だな」
「どこのどいつがドアの中に仕掛けられるって言うんだ。そもそも入れないだろ」
「未だに顔認証セキュリティの神話を信じてる奴がいることに驚きを隠せないサトー大明神であった」
早口でそうまくしたて、サトーは小箱をヒキに投げ渡す。ヒキは不本意そうな顔をしてそれを受け取り、鼻で息を吐く。
「アカリのセキュリティを突破するような奴がいるのか」
「カタギリならともかく、アカリ程度のハッカーなら世界に五十人はいるぜ」
「その中の一人がそのイタズラを仕掛けたって?」
三人はようやく歩き始める。サトーが先頭だ。
「そういうことさ。間一髪、アカリがネットワーク
「ちょっと待ってよ」
アキが不機嫌な声を発する。
「アサクラさんだってそれ、気付いてたはずじゃない? なのに、すぐ戻れとか。せめて一言くらい警告くれてもよかったじゃない」
「あの人のそういうところは今に始まったことじゃないだろ」
「そりゃそうだけど、今回ほど命の危険を感じたことはないよ」
憤然としてアキは言う。サトーは「俺に言われても困る」と言い切り、大股で歩みを進めていく。
「ていうか、その爆弾から犯人の心当たりはつくんじゃないの?」
「爆弾は何の変哲もないレトロ兵器。足のつくもんじゃねぇし。アカリによれば、ハッキングも見事で、どのハッカーのクセにも該当しないらしいぜ」
「ってことは手掛かりなし?」
「手掛かりがないことが手掛かりじゃねぇの?」
サトーは小さく振り返りヒキを見る。ヒキは「だな」と短く同意した。
「国内にそんなことをできる奴らはいない。というより、俺たち相手に立ち回ろうとする勢力がいるとは思えない。ヴェンデッタやカナリヤ、アボリッシュピース。軍事勢力のどこを見ても、俺たち相手に遊んでる余力のある所はない」
「だとしたらどこが?」
アキの問いに、ヒキはしばらく間をおいてから答えた。
「外国勢力だろうな」
「が、外国……?」
「なに、奴らが直接動く必要はないだろうさ」
「一般人の電脳に
「その可能性もある」
そう応じて、エレベータに乗り込む。ヒキはエレベータの階数表示が変わっていくのを眺めながら、ひとしきり唸った。
「だが、それだとあんな狙撃はできないな」
「だとするとやっぱり……」
アキは腕を組んでうつむいた。
「でもなんで外国勢力が? GSLで手一杯なんじゃないの?」
「情報はほとんど入ってこないから定かじゃないが」
前置きをしつつ、ヒキは言う。
「GSLを最初に殲滅できた国家が世界を掌握する……とも言えるだろ」
「うん?」
「諸外国がGSLで粉砕されてるところに付け込めるからな」
「ああ、そうか」
アキは頷いた。
「だから、その邪魔をしに来ているのがいるってこと?」
「多分、お互い様ってことなんだろうが」
「そういうこったな」
サトーがヒキの手の中にあるC4爆薬を見ながら、少し威張るようにして言った。
「手掛かり一つも残さずにここまでの仕事をやってのける。こりゃもう、アメリカさんしかいねーよ」
「アメリカか。ロシアや中国のセンはないのか?」
「ロシアは今現在ヨーロッパとやりあってる最中だし、中国は政局の真っ最中。そのうえGSLが北京に現れててんやわんやだって、ついさっき聞いた」
「なるほど」
米国が主犯であると断じるには、今一つ材料が少なくも感じないではなかったが、ヒキはとりあえず納得することにした。ここで議論したところで結論が出るわけではない。
「で、
「ああ」
サトーは一拍置いてから少し威張ったように付け足した。
「今度の奴はベルフォメトって言うらしい」
「ベルフォメト?」
「由来は知らねーよ」
そうこうしている間に、アサクラのいる中央制御室に到着する。