第1話 ただ帰りたい、ふるさとに

文字数 575文字

 通勤途中、パンプスの上にふっと舞いおちてきた、うす桃色の花びら。
 思わず、足をとめる。

 15年前まで住んでいた家にも、桜が咲いていた。

 能登半島にある、私が生まれた町。

 記憶の奥によみがえる、家族みなで眺めたその花。
 祖父母が植えてくれた木。さくらと名付けられた私のために。
 毎年、こぼれるほどの花弁を咲きほこらせていた。

 いま、あの家はどうなってるんだろうか……。



 土曜日、突然チケットを買った。

「今から、石川行ってくるから」
 駅で、母に電話する。
「どうしたの、いきなりだね!」
「ちょっとね」
「泊まり?」
「宿泊客増えるとボランティアのひとが泊まれないらしいから、行って帰ってくるだけ」
「友達にでも会うの?」
「うん」

 ほんとは十年以上、旧友の誰とも連絡をとっていなかった。
 ただ帰りたい、ふるさとに。
 とは、なんとなく言いにくい。

「気をつけてねー」
 の声を聞きながら、空港行きに乗り込む。

 この元旦、巨大地震にみまわれた石川。

 故郷は、本土寄りにある。
 奥能登に比べたら、揺れ方も少しは違ったはず。 
 ただ、木造の古い家が多い田舎だ。
 小さな町の情報など、ピンポイントで入ってはこない。
 うす暗い霞のように、広がる不安。

 それでも車窓の景色は、能登へむかってすすんでいく。

 待ち受けているのは、悲惨な光景なんだろうか。それとも……。






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