第53話 およしとの再会の後、第2の事件

文字数 1,804文字

「富田屋」の元女中が暮らす長屋は、烏山の剣術道場の近くにあった。

「およしさん、いるかい? 」

 与六が戸の前で呼びかけると、戸の向こうからセキが聞こえた。

「誰だい? 」

 その直後、聞き覚えのある娘の声が聞こえた。

「町方同心の山倉だ」

 山倉が名を告げると、戸が開いた。

「お久しぶりです」

 およしが頭を下げた。

「どこか、具合でも悪いのか? 」

 山倉が、およしに訊ねた。

「風邪を引いてしまいまして‥‥ 。どうぞ」

 およしが、2人を中へ招き入れた。

 部屋の中は、年頃の娘が住んでいるには、

物が少なく、こざっぱりとした雰囲気だ。

「楽にしておくれな。今、お茶を淹れますね」

 およしが台所に立つと言った。

「おかまいなく。風邪を引いているんだろ? 安静にしていた方が良いぜ」

 山倉が告げた。

「お優しいのですね」

 およしが微笑んだ。

「気の良さだけが、この人の取り柄なんでさあ」

 横から、与六が言った。

「だけとはなんだ」

 山倉がムッとして言った。

「今になって、訪ねて来られるとは、何かあったのでございますか? 」

 およしが、山倉に訊ねた。

「黒鳥の一件が冤罪であると、捨文が投げ込まれたわけさ。

投げ込んだのは、おまえさんではないのか? 」

 山倉が身を乗り出すと言った。

「私ではございません」

 およしがお茶を淹れると言った。

「おまえさんでなければ、他に誰がいるというんだ? 」

 山倉が言った。

「さあ、わかりません」

 およしが首を傾げた。

 2人は、およしが、これから出かけるといったため部屋を出た。

「とにかく、元気そうで良かったでさあね」

 与六が言った。

「あの娘以外、事件のことを蒸し返す者はおらんと思ったが、

見当違いであったか」

 山倉が腕を組むと言った。

「おなごの部屋にしては、物がなくてこざっぱりとしていやした」

 与六がぼそっと言った。

「そうさね。わしもそう思った」

 山倉がうなづいた。

木戸を出た時だった。烏山が、目の前を通り過ぎようとしていた。

「烏山殿! 」

 山倉が、烏山を呼び止めた。

「こんなところで、何をしておる? 」

 烏山が、山倉に訊ねた。

「聞き込みです」

 山倉が答えた。

稽古の時間ともあって、山倉は、

与六と別れて烏山と共に剣術道場へ行った。

「先生。お待ちしていやした」

 門のところで、兵蔵が待ちかまえていた。

「ご苦労でござった」

 烏山が告げた。

「それは何だ? 」

 山倉が、兵蔵が大事そうに抱えている布包みを指さすと訊ねた。

「あんたには関係のねぇことだ」

 兵蔵がぶっきらぼうに答えた。

「山倉殿。庭へ参るが良い」

 烏山が告げた。

庭へ行くと、試し斬り用の巻藁が準備されていた。

兵蔵が、布を外した真剣を烏山に手渡すと、

烏山が、あざやかな袈裟斬りを披露した。

「良い斬れ味だ。兵蔵、おぬしの腕は確かだ」

 烏山が満足気に言った。

「いたみいります」

 兵蔵が頭を下げた。

「山倉殿。おぬしもやってみるか? 」

 烏山が、山倉に真剣を手渡した。

「重いですね」

 山倉は両腕に、ずっしりと、真剣の重みを感じた。

「貸せ。あんたが、これを持つのは100年早い」

 兵蔵が、山倉の手から真剣を奪い取ると言った。

「おのれ、何を申すか? 」

 山倉が、兵蔵に詰め寄った。

「下がっておれ」

 兵蔵は何を思ったか、山倉を押しのけると真剣をかまえた。

「おい、何をする気だ? 」

 山倉が言った。

次の瞬間、兵蔵が、真剣を巻藁に向かって振りかざすと

見事な横一文字斬りを披露した。

山倉は、驚きのあまりその場に尻もちをついた。

「そこにいるのは何者だ? 」

 その時、烏山が、不審な物音に気づいてさけんだ。

「待て、コラ! なぜ、逃げるんだ? 」

 山倉は、逃げ去る町人を見つけるとさけんだ。

追いかけたが、曲がり角のところで見失った。

あきらめて、庭に戻ると、兵蔵が帰ろうとしていた。

「また、何かあったら、ご連絡くだせえ」

 兵蔵はそう言い残して、庭から出て行った。

「先に、稽古場へ行くが良い」

 烏山が告げた。

「そうします」

 山倉はいそいそと、稽古場へ行った。

 それから3日後のことだ。百本杭の辺りで、どざえもんが見つかった。

どざえもんのからだには、何度も、斬られたような無数の刀傷があった。

仁吉の時と手口が同じことから、同一犯によるものと判断された。

現場へ駆けつけた山倉は、どざえもんの顔を確認すると驚いた。

そのどざえもんは、烏山の剣術道場から逃げ去った町人だったからだ。

どざえもん=水死体
 








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