第8話 同心OBと消えた富田屋
文字数 1,891文字
「わしらの他は、臨時廻同心を配置するそうだ。
どうせ、おめぇの事だから、ツテがねぇだろうと思って、
知り合いに声を掛けておいてやったぜ」
宇藤が気前良く言った。
ふたを開けてみれば、現役同心は、山倉と宇藤の2人だけだった。
山倉は、宇藤から詳しい話を聞いて、
ようやく、石田の意味深な笑みの理由を理解した。
宇藤の呼びかけで、現役を退いて隠居していた元同心の有志たちが集合した。
有志たちの中には、白髪で腰が曲がったよれよれのじいさまも含まれているが、
話し声を聞く分には、威勢の良さは、現役とさほど大差がないように感じた。
ところが、皆揃って、
自己主張が強くてどこの場所に着くかで大いにもめた。
「わしは、長崎屋の辺りを見廻る。おめぇらは、その先を頼むぜ」
「了解」
「任せておけ」
現役を引退した元定町廻同心の寄せ集めである
臨時廻同心たちの最年長、轟阿太郎が率先して、
臨時廻同心のまとめ役を引き受けた。
「さすが、阿太郎親分だぜ。統率力は、現役時代のままだ」
臨時廻同心たちの様子を遠巻きに眺めていた宇藤がつぶやいた。
「宇藤殿は、阿太郎の親分と一緒に仕事をした事があるのですか? 」
山倉が訊ねると、宇藤が大きくうなづいた。
「阿太郎の親分からは、捕り物のイロハを教わった。
盗人を追い詰める技とか、骨董品の目利きとか、
今のわしがあるのは、あの方のおかげってもんよ」
「へぇ、そんなに、すごいお方なのですか? 」
山倉が素直に感心した。
「早く、皆の前に出てあいさつしろよ」
宇藤が、山倉の背中を前へ押し出すと言った。
「本日、見廻組の長を仰せつかった定町廻同心の山倉唐四郎と申します。
本日は、急な呼び出しにも関わらずご足労頂き、ありがとうごぜぇます」
山倉が緊張しながらあいさつした。
「おめぇがわしらの長だって? 笑わせるなよ」
後ろの方に立っていた臨時廻同心の三宮新三が半笑いすると言った。
「わしらの長は、阿太郎の親分で良いのではないかのう?
阿太郎の親分は、市中のごろつきにも、
おそれられた伝説の同心だ。わしは、
伝説の同心と共に仕事が出来ると聞いて引き受けたのだ」
阿太郎の傍らに立っていた
臨時廻同心の明石郁五郎が大声で言った。
「過去の栄光はこの際、関係ねぇぜ。今は、おめぇらと同じ、
ただの隠居爺さんだ。現役を退いた身で、
お呼びがかかっただけでもありがてぇと思わなならん。
わしは、山倉殿は、組長に相応しいと考える。
皆も、そうではないのか? 」
阿太郎が声高々に告げた。それ以後、
誰も、文句を言って来なくなった。
山倉は、阿太郎の発言力の強さに恐れ入った。
「これより、それぞれ配置について頂きます。
くれぐれも、無茶をせぬようにお願いします。
あやしい奴を見つけたら、呼子笛で報せるように願います。
呼子笛が聞こえたら、必ず、状況確認のために集まってくだせえ」
山倉が声を張り上げた。
「そういえば、1週間前に訪ねた大店の中に、塗物問屋があったよな? 」
持ち場である室町2丁目付近に来ると、宇藤がハッとしたように言った。
「はい。たしか、この辺でしたよ」
山倉が言った。
「あの店ではないか? 看板の名は違うが造りが同じだぜ」
宇藤の指差す方向を見ると、見覚えのある店構えだ。
2人はどちらからともなく、店内に足を踏み入れた。
「悪いけど、本日は、おしまいですよ」
店の奥から、初老の女中が出て来た。
「いや、その。前にここへ来た時は、
ここは、富田屋という名の塗物を取り扱う問屋だったと思うが、
いつ、変わったのだい? 」
山倉が、その初老の女中に訊ねた。店内には、塗り物ではなく、
扇子や団扇が飾られているため、ふしぎに思った。
「親分さん。どこぞの店と間違えておるのではないかねぇ?
ひやかしなら、帰っておくれ」
初老の女中が、店内をうろつく同心2人を煙たがった。
「わしらは、これでおいとまします。こちらが、塗物問屋でなくて幸いでした。
実は、塗物問屋に押し入ると書かれた火札が奉行所へ投げ込まれたわけさ。
塗物問屋の周辺の見廻りをしている最中なんだ」
山倉が、忙しそうに店内を片付けはじめた
初老の女中にお構いなしに話し続けた。
「山倉。そろそろ、出るぞ。油を売っている間に、
黒烏が現れるかもしれぬ」
宇藤が、山倉を店の外へ押し出した。
「あの店はどうも、おかしいですよ。
1週間前までは、塗物問屋だったはず。1週間で、店が変わるとはどうも思えねえ」
山倉は腑に落ちなかった。まるで、狐に化かされた気分だ。
「どういう意味だい? 」
宇藤が訊ねた。
「ひょっとすると、黒烏に狙われないために、商いを変えたのかもしれねえ」
山倉が答えた。
どうせ、おめぇの事だから、ツテがねぇだろうと思って、
知り合いに声を掛けておいてやったぜ」
宇藤が気前良く言った。
ふたを開けてみれば、現役同心は、山倉と宇藤の2人だけだった。
山倉は、宇藤から詳しい話を聞いて、
ようやく、石田の意味深な笑みの理由を理解した。
宇藤の呼びかけで、現役を退いて隠居していた元同心の有志たちが集合した。
有志たちの中には、白髪で腰が曲がったよれよれのじいさまも含まれているが、
話し声を聞く分には、威勢の良さは、現役とさほど大差がないように感じた。
ところが、皆揃って、
自己主張が強くてどこの場所に着くかで大いにもめた。
「わしは、長崎屋の辺りを見廻る。おめぇらは、その先を頼むぜ」
「了解」
「任せておけ」
現役を引退した元定町廻同心の寄せ集めである
臨時廻同心たちの最年長、轟阿太郎が率先して、
臨時廻同心のまとめ役を引き受けた。
「さすが、阿太郎親分だぜ。統率力は、現役時代のままだ」
臨時廻同心たちの様子を遠巻きに眺めていた宇藤がつぶやいた。
「宇藤殿は、阿太郎の親分と一緒に仕事をした事があるのですか? 」
山倉が訊ねると、宇藤が大きくうなづいた。
「阿太郎の親分からは、捕り物のイロハを教わった。
盗人を追い詰める技とか、骨董品の目利きとか、
今のわしがあるのは、あの方のおかげってもんよ」
「へぇ、そんなに、すごいお方なのですか? 」
山倉が素直に感心した。
「早く、皆の前に出てあいさつしろよ」
宇藤が、山倉の背中を前へ押し出すと言った。
「本日、見廻組の長を仰せつかった定町廻同心の山倉唐四郎と申します。
本日は、急な呼び出しにも関わらずご足労頂き、ありがとうごぜぇます」
山倉が緊張しながらあいさつした。
「おめぇがわしらの長だって? 笑わせるなよ」
後ろの方に立っていた臨時廻同心の三宮新三が半笑いすると言った。
「わしらの長は、阿太郎の親分で良いのではないかのう?
阿太郎の親分は、市中のごろつきにも、
おそれられた伝説の同心だ。わしは、
伝説の同心と共に仕事が出来ると聞いて引き受けたのだ」
阿太郎の傍らに立っていた
臨時廻同心の明石郁五郎が大声で言った。
「過去の栄光はこの際、関係ねぇぜ。今は、おめぇらと同じ、
ただの隠居爺さんだ。現役を退いた身で、
お呼びがかかっただけでもありがてぇと思わなならん。
わしは、山倉殿は、組長に相応しいと考える。
皆も、そうではないのか? 」
阿太郎が声高々に告げた。それ以後、
誰も、文句を言って来なくなった。
山倉は、阿太郎の発言力の強さに恐れ入った。
「これより、それぞれ配置について頂きます。
くれぐれも、無茶をせぬようにお願いします。
あやしい奴を見つけたら、呼子笛で報せるように願います。
呼子笛が聞こえたら、必ず、状況確認のために集まってくだせえ」
山倉が声を張り上げた。
「そういえば、1週間前に訪ねた大店の中に、塗物問屋があったよな? 」
持ち場である室町2丁目付近に来ると、宇藤がハッとしたように言った。
「はい。たしか、この辺でしたよ」
山倉が言った。
「あの店ではないか? 看板の名は違うが造りが同じだぜ」
宇藤の指差す方向を見ると、見覚えのある店構えだ。
2人はどちらからともなく、店内に足を踏み入れた。
「悪いけど、本日は、おしまいですよ」
店の奥から、初老の女中が出て来た。
「いや、その。前にここへ来た時は、
ここは、富田屋という名の塗物を取り扱う問屋だったと思うが、
いつ、変わったのだい? 」
山倉が、その初老の女中に訊ねた。店内には、塗り物ではなく、
扇子や団扇が飾られているため、ふしぎに思った。
「親分さん。どこぞの店と間違えておるのではないかねぇ?
ひやかしなら、帰っておくれ」
初老の女中が、店内をうろつく同心2人を煙たがった。
「わしらは、これでおいとまします。こちらが、塗物問屋でなくて幸いでした。
実は、塗物問屋に押し入ると書かれた火札が奉行所へ投げ込まれたわけさ。
塗物問屋の周辺の見廻りをしている最中なんだ」
山倉が、忙しそうに店内を片付けはじめた
初老の女中にお構いなしに話し続けた。
「山倉。そろそろ、出るぞ。油を売っている間に、
黒烏が現れるかもしれぬ」
宇藤が、山倉を店の外へ押し出した。
「あの店はどうも、おかしいですよ。
1週間前までは、塗物問屋だったはず。1週間で、店が変わるとはどうも思えねえ」
山倉は腑に落ちなかった。まるで、狐に化かされた気分だ。
「どういう意味だい? 」
宇藤が訊ねた。
「ひょっとすると、黒烏に狙われないために、商いを変えたのかもしれねえ」
山倉が答えた。
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