第56話 烏山特製捕縛道具

文字数 2,433文字

与六が、2人を連れて行ったのは、烏山の剣術道場であった。

「なぜ、烏山殿がここにおられるのですか? 」

 山倉は、門の中から姿を現した烏山に気づくと駆け寄った。

烏山は、殺しの疑いで入牢しているはずだ。

なぜ、入牢しているはずの烏山が、自分の目の前にいるのか状況がつかめない。

「まさか、犬山の野郎、わしまでだましやがったのか? 」

 宇藤が忌々し気に言った。

「これには、深いわけがありやす」

 与六が、犬山の作戦を話した。

犬山は、兵蔵があやしいとにらんだが、これだという証拠がつかめない。

そこで、兵蔵の犯行動機を考えてみた。

おそらく、兵蔵は、自分が真犯人だと世間にバレないため、

真実を知った人たちを口封じするため消しているのではないか?

との考えにいたった。このまま、放っておいたら、

およしや烏山まで、口封じするため消そうとするかもしれない。

しかし、用心深い兵蔵はなかなか、尻尾を出さない。

そこで、烏山を下手人にしたてて捕縛することにより、

兵蔵が動くのを待つことにした。

兵蔵は、自分に捜査の目がいっていないと安心して、

うまく行けば、烏山に濡れ衣を着せることが出来ると考えて、

まだ、兵蔵が真犯人だと知らないおよしを監視するため

自分の目が行き届くところに置こうとするはず。

 一方、およしは病のせいで、気弱になっていることもあり、

相談相手だった烏山に裏切られてショックを受けたはず。

優しく声をかけてきた兵蔵に心を許してしまうかもしれない。

「なんだ、てっきり、わしの言葉に動かされたのかと思ったぜ。

あいつがそこまで、深く考えているとは思わなかった」

山倉がつまらなそうに言った。

「犬山も気づいたわけか。わしも、兵蔵が刀を研ぐ仕事も

請け負っていると知って、仁吉や町人を殺めたのは、あいつではないか

と疑っていたわけさ。湊屋で会った時、あいつの左の指やひざに刀傷があった。

あいつのことだ。研いでいた時にできたと言い逃れするかもしれねぇと思って、

そのうち、他の証拠をつかんだら、捕まえようと思っていたのに、

ちくしょう! 先を越された! 」

宇藤がくやしそうに言った。

宇藤いわく、刀の扱いに慣れていない素人が、刀を用いた場合、

抜刀をしくじり手の指を切ってしまったり、

刀の振り下ろし具合を見誤ったりして、足を負傷したりすることがよくあるらしい。

「山倉殿。おぬしにこれを授けよう」

 烏山が、山倉に新たな捕縛道具を手渡した。

「これは、こん棒ですか? 捕縛に使用するには短すぎます」

 山倉が不満気に言った。

「ただのこん棒ではない。伸縮するのだ。ひと振りしてみるが良い」

 烏山が咳払いすると告げた。

 山倉は言われた通りに、そのこん棒をひと振りしてみた。

すると、短かったこん棒が、6尺ほど伸びて長くなった。

「伸縮する袖がらみというわけか!? こいつは便利だぜ」

 宇藤が、烏山特製捕縛道具を指さすと言った。

ちなみに、袖がらみとは、先端にかえしのついた釣り針のような

突起を持つ先端部分と刺のついた鞘からなり、

鞘に木製の柄を取り付けて使用する。突起を持つ先端部分は、

相手の着物の袖や裾にひっかけからめて動きを封じる。

鞘の刺は、相手につかまれて奪われないように工夫がしてある。

また、こん棒や槍としても使用することが出来る

相手を傷つけず捕縛する道具のひとつだ。

「絵が得意な玉五郎に、それがしが考案した捕縛道具を描かせた後、

その絵を元に、手先が器用な定吉にこしらえさせたのだ。

ふだんは、短く縮めて携帯するため伸縮出来るように改良を加えた。

相手との距離が近い時には、縮めた状態でも、相手の刀を打つことが出来る」

 烏山が、捕縛道具作製の経緯と機能を説明した。

「ありがとうございます! 大切に使わせていただきます」

 山倉がお礼を言った。

「おぬしはどうも、柔術が不得手なようだ。道具使いの方が

向いているのではないかと考えた次第」

 烏山が穏やかに言った。

「わしもほしい。これさえあれば、あれこれ、道具を持ち歩かなくても済むし、

動きやすくなるぜ」

 宇藤がうらやましそうに言った。

「宇藤殿。おぬしはもともと、あらゆる武芸に秀でておるではないか?

おぬしにはこの道具は必要ない。たちまち、宝の持ち腐れとなろう」

 烏山が、宇藤に言った。

「そろっと、よろしいですか? 」

 与六が上目遣いで言った。

「与六。兵蔵の居場所をつかんでいるのか? 」

 山倉が、与六に訊ねた。

「もちろんでさあ」

 与六が答えた。

「ご武運を! 」

 烏山が告げた。

「あとのことは、わしらにお任せください! 」

 山倉が告げた。

 烏山に見送られて、3人は、兵蔵の潜伏先へ向かった。

兵蔵は、人里離れたさびしい場所に身を隠していた。

兵蔵の潜伏先である深川の十万坪にたたずむあばら家に

近づいた時だった。あばら家から、およしが出て来るのが見えた。

「やはり、一緒にいたか」

「静かに。およしを驚かしてはならぬ」

 宇藤が、およしに駆け寄ろうとした山倉を制止した。

 3人は、およしに存在を悟られないよう草やぶに身を隠した。

およしは、井戸の水をくみ終えるとあばら家に引っ込んだ。

およしと入れ替わりに、兵蔵が外に出て来た。

兵蔵は慎重に、周囲をうかがった後、あばら家に戻ろうとした。

「行くぞ! 」

 宇藤が、山倉の背中を押した。

山倉は、押された拍子に兵蔵の前へ飛び出した。

一瞬、兵蔵と目が合った。

「親分! 」

 与六が注意をうながした。兵蔵が、脇差しに手をかけたからだ。

山倉は、烏山特製捕縛道具をひと振りするとかまえた。

「きゃああ! 」

 およしの悲鳴が聞こえた。次の瞬間、兵蔵が、およしを羽交い絞めにすると、

およしの首元に、刀を突きつけて人質に取った。

「兵蔵! およしを放しやがれ! 」

 山倉が、宇藤に目配せるとさけんだ。

「こうなったら、このおなごも道連れにしてやる! 」

 兵蔵がさけんだ。

「山倉! 」

宇藤がさけんだ。

「およしを頼みます! 」

 山倉がさけび返した。

山倉と宇藤は同時に、兵蔵に向かって駆け出した。



 










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