三十三の巻 事件現場へ

文字数 4,144文字

    [三十三]


 幸太郎は斉木の案内で、会社の車が並ぶビルの地下駐車場へと向かった。
 そこは、剥き出しのコンクリートの壁と柱が連なる、薄暗いところじゃった。
 沢山の車が、コンクリート床に描かれた白線に仕切られ、綺麗に並んでおるわ。
 時折、車のエンジン音と共に、キュッという甲高いタイヤの摩擦音が響くのが、煩い感じじゃな。 
 ちなみにじゃが、幸太郎が運転してきた沙耶香の車も、ここに駐車されている。
 一応、社員駐車場でもあるそうじゃ。
 とはいえ、限られた者だけらしいがの。
 そんな地下駐車場内を斉木と幸太郎は進んでゆく。
 すると程なくして、貴堂不動産と書かれた白いワンボックスカーの前で屯する、2人組の男女がいたのじゃった。
 斉木はその2人組に声を掛けた。

「待たせたな、2人共」

「あ、斉木主任。待ってましたよ」

 どうやらコイツ等のようじゃな。
 1人は若い男で、もう1人は妙齢の女であった。
 2人共、スーツ姿であり、見た目は普通の会社員といった出で立ちじゃ。
 斉木は2人の前で立ち止まり、幸太郎に振り返った。

「三上君、ここに来る途中、2人の説明はしたが、改めて紹介しよう。コイツが指宿(いぶすき)君で、そちらの見目麗しいヤンチャそうな女性が、須藤さんだ」

 幸太郎は2人に向かい軽く頭を下げた。

「初めまして。昨日付けで土地開発事業部に、調査員として配属されました三上です。よろしくお願いします」

「チィース、俺は指宿だぜ。よろしくな、新人君」

 指宿という男は童顔で、やや背が低く、体格も細い感じじゃった。
 頭は幸太郎のように短めのヘアスタイルじゃな。
 年は幸太郎くらいじゃろう。
 なかなか身軽そうなので、素早い呪術者なのかもの。
 とはいえ、コイツはなんとなく、アホのニオイがする。
 じゃが、貴堂グループが真性のアホを採用するとは思えぬので、そこはちゃんとしておるんじゃろう。
 もしかすると、幸太郎が我と出会わねば、こんなチャラい感じのアホ風な男になってたのかものう。と、これは言い過ぎか、ほほほほ。

「よろしくお願いします、指宿さん」

 そこで須藤という女が、腕を組みながら不遜な態度で前に出た。

「へぇ……アンタが噂の新人か。私は須藤だ。よろしくな」

 こっちは指宿より、少しはシッカリしてそうじゃな。
 年は貴堂沙耶香くらいか、少し上かの。
 肩より長いサラッとした茶色い髪が印象的な女じゃ。
 容姿はまぁまぁ美しいが、少し男勝りな感じじゃのう。
 今の世の言い方ならば、ヤンキー女といった感じじゃな。
 というか、個性的な2人組じゃわ。

「こちらこそ、よろしくお願いします、須藤さん」

 挨拶も終わったところで、斉木が前に出た。

「さてそれじゃあ、詳細は事前に説明したとおりだよ。3人は早速、現場に向かってくれるだろうか?」

「その前に主任……四津谷さんの怪我の具合はどんな感じなのですか? 動画を見る限り、かなり強く吹き飛ばされてましたが……」

 須藤がやや心配そうに訊ねた。
 斉木はそこで、隣にある白いワンボックスカーに視線を向けた。

「とりあえず、この中で話そうか。大っぴらに話す内容じゃないからな」

「わかりました」

 4人は車に乗り込んだ。
 ドアが閉められたところで、斉木が静かに話を切り出した。

「四津谷さんの怪我だが……どうやら、毒を持っている化け物だったのか、あまり思わしくなくてね。病院で今、投薬治療を受けているそうだ。まだ意識が戻らないらしい。今朝、四津谷さんのお母さんから、そう連絡があったよ」

 それを聞くや、指宿と須藤はみるみる険しい表情になっていった。

「毒……本当ッスか、主任」

「あの黒い獣、すばしっこいだけじゃなくて、毒もあるのですか? 四津谷さん……本当に大丈夫なの?」

 指宿と須藤は少し青褪めた表情であった。

「それはわからない。だが、お母さんが医者から聞いた話だと、(マムシ)のような出血毒の類かもしれないと、言われたそうだ。今はこれしかわからんよ」

 ほう、それはまた厄介そうな妖魔じゃな。
 しかし、幸太郎は平然としておるのう。
 動じておらぬわ。大したもんじゃ。
 とはいえ、面倒臭そうな表情じゃがの。
 するとそこで、斉木が幸太郎に視線を向けたのじゃった。

「ちなみに三上君、君はどう考えているんだ?」

 ここで、新人の幸太郎に訊くとはのう。
 斉木はこの2人をあまり信頼しておらぬのかも知れぬな。

「化け物の素性については、さっぱりわかりませんが、あの動画を見てたら、少し気になる事がありました」

 ほう、気になるのう。
 幸太郎は意外と目ざといからの。
 何か思う事があるんじゃろう。

「気になる事?」

「あの神主姿の方は、ずっと前を向いて構えてましたけど、あの時、横の林からいきなり黒い獣が出てきて襲われましたよね。そこが引っ掛かるんです」

「そういえば……確かにそうだな。で、何が引っ掛かってるんだい?」

「もしかするとですが……1体ではないのかもしれません。防犯カメラには映ってませんでしたが、囮の妖魔がいる可能性もありますよ」

 幸太郎の言葉を聞き、3人の表情は少し強張っていた。

「被害に遭われた四津谷さんは、あれからずっと意識が戻らないのですか?」

 斉木は辛そうに頷いた。

「ああ……お母さんの話じゃ、あれからずっとらしい」

 となると、どんな妖魔なのかは、行ってみぬ事にはわからぬじゃろうな。

「そうですか……ちなみに、四津谷さんは神主なのですか?」

「ああ、そうだよ。四津谷さんの家は、代々神主の家系だからね。あの姿をしていたという事は、神事を終えた後に襲われたのかもしれない」

「なるほど、それはありえそうですね。あと……怨恨で狙われるような心当たりってありますかね?」

 するとその直後であった。

「そんな事あるわけねぇだろ! 新人の癖に、調子に乗るな!」

 須藤がなぜか声を荒げたのじゃ。
 この突然の大声に、幸太郎はキョトンとしていた。
 斉木が溜息を吐き、それを(いさ)めた。

「須藤さん……冷静にね。今は私情を挟む時ではない。君も道師なら、わかるだろ?」

 なるほどのう。
 斉木はコレが心配なんじゃろうな。
 
「しかし、主任……チッ、わかりましたよ」

 須藤は渋々ではあったが、引き下がった。
 直情型の女のようじゃ。
 まさにヤンキー気質じゃわい。
 こりゃ大変じゃな。暴走のスイッチが簡単に入りそうじゃ。面白い女じゃわ。

「話を戻そう。三上君、四津谷さんは良い人なんだ。あまり恨みを買うような人じゃないよ」

「そうですか……ですが、あの黒い獣……いや、やめておきましょう」

「ええ! そこでやめるのかよ、三上君。なんか気になるなぁ」

 指宿は気になるのか、そう言って、大袈裟に手を仰いだ。
 無論、我もじゃ。

「俺もだ。気になる事があるなら言ってくれ、三上君」

「斉木主任、あの獣……なぜ、あそこで引き返したんでしょうね。四津谷さんの霊符の力もあったとは思いますが……まるで、下がれという指示でもあったかのような動きでした。それが気になるんです」

 3人は幸太郎の言葉を聞き、ギョッとしていた。
 まぁそうなるじゃろうな。
 暫し重い沈黙の間が続く。
 そんな中、須藤がぶっきらぼうに、口を開いたのじゃった。

「……ったく、そんなモノは、行って調べればいいんだよ! 行くよ、指宿と新人!」

 須藤はそう言って、車のエンジンを掛けた。
 斉木は車から降りると、そこで不安そうに須藤へと視線を向けた。

「須藤さん、あまり無茶をしないようにね。それと、何かあったら、すぐ俺に連絡してくれよ。指宿君もだ。いいな?」

「了解ッス」

 指宿は軽くチャラい感じで返事をした。
 それを見て、更に斉木は不安な表情になっていたのは言うまでもない。
 斉木は溜め息を吐き、幸太郎に耳打ちをした。

「三上君、こんな感じだから、よろしく頼むよ。ちょっと2人をサポートして上げて」

 幸太郎は無言で頷いたが、微妙な表情じゃった。
 まぁ無理もないのう。癖の強い2人組じゃからな。ウケる。

「じゃあ主任、行ってくるよ。四津谷さんをあんな目に遭わせた化け物を見つけ出してやる!」

 須藤は勇ましいのう。
 絶対に何かをやらかしそうな感じじゃわ。

「く、くれぐれも、無茶はしないようにね」

 そして車は動き出したのじゃった。
 まぁなんというか、面倒事が起きそうな気配はビンビン感じるやり取りじゃった。
 さてさて、どうなる事やら……。

    *

 幸太郎を乗せた白いワンボックスカーは、高層建造物が建ち並ぶ都心部を抜け、走り続けた。
 運転手の須藤の機嫌が悪い所為か、車内はややギスギスした感じじゃのう。
 じゃが、指宿という若造が軽い口調で、その雰囲気を和らげていたので、幸太郎も多少は気楽にはなったかもの。
 とはいえ、こ奴の場合、不幸慣れで常に平常心じゃから、いつもと同じかもしれぬがな。ほほほほ。
 さて、そんな感じで車は進み続けるのじゃが、暫くすると、少し古い町並みが続く所になっていた。
 そこは古風な家屋が並ぶ地域であり、寺院なども沢山ある所じゃった。
 瓦葺屋根の建物が多いので、都会のような洗練された街並みではない。
 とはいえ、ここも東京らしいがの。
 歩道に目をやると、沢山の日本人の中に、外国人観光客らしき者達が何人も闊歩していた。
 どうやら、ここは観光地のようじゃ。
 どこかに有名な寺院か何かがあるんじゃろう。
 ちなみに我は、今の世を象徴する洗練されたモノより、我はこういう街並みの方が好きじゃがの。
 まぁそんな事はさておき、車は暫しそこを進み続け、とある場所で停まったのじゃった。
 そこは古い家屋の立ち並ぶ中で、ポツンと緑豊かな所であった。
 その入口には白い鳥居が見える。
 つまり、ここが目的の神社なのじゃろう。

「着いたよ、2人共。念の為に準備はしておけよ。得体の知れない化け物がまだいるかもしれないからな。それと、指宿と新人は、荷台にある霊符や結界用の術具を持ってきてくれ」

「はいよ、須藤さん」

「了解です」

「じゃあ、行くよ」

 そして、3人は車から降り、荷台で術具等を準備すると、鳥居を潜り境内へと入っていったのであった。
 さてさて、何があるんじゃろうかの。
 何やら不穏な空気を感じるが。
 まぁ何れにしろ、楽しみじゃわい。
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