消えた流星に願いを

文字数 2,048文字

「本当にここで……もっと他に良い場所あったんじゃないか?」
「何でですか? 綺麗に見えてますけど」
「まあ、確かに思ってたよりは」
「ですよね? 隣のビルの明かりがちょっと邪魔ですけど。金曜のこんな時間まで……あの人達ちょっと働き過ぎじゃないですか?」
「俺らも似たようなもんだろ。さっき仕事終わったばっかなんだから」
「ふふっ。そうですね」
「ほら。ビールでよかったよな? とりあえず一本飲んでから移動しよう」
「移動?」
「え? ずっとここで飲むの? どこか行くのかと思ってたんだけど」
「どこかってどこですか?」
「わかんないけどもっとこう落ち着く……会議室で缶ビール片手にじゃ雰囲気出なくない?」
「雰囲気? 必要ですか?」
「いや、要らないなら別にいいんだけど」
「んー? おやおや? ふふっ。なるほどなるほど」
「何だよ」
「可愛い後輩に『星が見たい』と誘われた先輩は何か別の、いつものようなことを期待していた、と」
「……そういうわけじゃないけど」
「へー。その割には随分お酒買ってきましたね。酔わせるつもりでした?」
「これくらいじゃ酔わないだろ? 酔わせたいとは常々思ってるけど」
「今日は酔うかもしれませんよ? 普段と違うシチュエーションだし」
「はいはい。というか何でまた急に星を?」
「流れ星が見たくて」
「なんか願い事でもあるの?」
「見たことないから見たい。それだけです」
「ふーん」
「いや、願い事はもちろんありますよ? でも一瞬なんですよね? 流れ星って。もしそうなら三回も言えないだろうなーと」
「一瞬って……見たことないんだろ?」
「課長が言ってました」
「そうやって人の言うことをすぐに信じるのもどうかと思うぞ」
「参考にしてるだけですよ。私自分の目で見たものしか信じないので」
「それはそれは」
「……そういえば課長で思い出しました。私、聞いたんですよ」
「何を?」
「先輩、同じプロジェクトの新人ちゃんと随分仲が良いみたいですね」
「教育係ってだけだろ? 仲が良いわけじゃないと思うけど」
「若いし可愛いし。さぞ楽しいでしょうね。お仕事が」
「いやいや。十個も歳が離れてたら会話も続かないし、何言ってるかわからないことの方が多いよ。宇宙人と仕事してるみたいなもんだぞ。というか聞いただけの話を信じてないか?」
「見たことあるんですか? 宇宙人」
「比喩だよ、比喩。見たことない。いるわけないだろ」
「え? 見たことないのに否定するんですか?」
「見たことないから否定するんだよ。お前も一緒だろ?」
「違います。私は信じないだけです」
「何が違うんだよ」
「肯定しないだけで否定はしません。例えば私が……いつも先輩と一緒に働いている私が実は宇宙人だったとします。あ、プロジェクトは違いますけど」
「いきなりだし細かいな。それで?」
「先輩は宇宙人を見てるわけですよ。毎日。もっと言うと毎週宇宙人を抱いてるんです。そしてそんな私に突然告白されるんです。『実は私、宇宙人なんです』って」
「信じないだろうな。どうやって宇宙人だと証明するつもりなんだ?」
「名乗ってるじゃないですか。自己申告制ですよ」
「それじゃ信じるのは無理だよ」
「でも私の存在は否定しませんよね?」
「そりゃ目の前に居るしな」
「そういうこと……あれ? 目の前に居なかったら否定するんですか?」
「どういう意味?」
「そのままですよ。私の居ないところでは彼女居ませんって答えてるんですか? という質問です」
「いや、そんなことはない」
「ふふっ。慌ててますねー」
「気のせいだよ。で、何の話だっけ?」
「何だっていいんですよ。本当は。こうやってくだらないお喋りをしている時間が楽しいだけなので……あ、流れ星」
「え、どこ?」
「もう消えちゃいましたよ。こっちばっか見てるから見逃すんです」
「俺は別にいいんだけど。お願いしなくてよかったのか?」
「そうですね。せっかくなのでしておきます。新人ちゃんが会社を辞めますように」
「おいおい」
「冗談ですよ。土日、先輩と遠出ができますように。少しわがままを言うと泊まりで」
「それは……なあ。本当に見えたのか? 流れ星」
「私には見えましたけど。あ、さてはまた否定する気ですね?」
「ただの確認だよ。どうも嘘な気がして」
「無理なら無理って断ってくれればいいのに」
「……いや、なんとかするよ」
「へー。ところで先輩。さっきから携帯鳴ってますけどいいんですか?」
「ああ……後でいい」
「奥さんからですよ。きっと」
「見てもないのに決めつけるのか?」
「本当ですね。あ、珍しく酔ってるみたいです」
「それは間違いなく嘘だろ? まあでも……そうかもな」
「何度も鳴ってますし急ぎの用なんじゃないですか? 私先に帰りますね」
「いや、帰らなくても」
「気にしないで下さい。それに、信じたくない事は見ないので」
「……悪い。明日朝迎え行くから。温泉旅行とかでいいよな?」
「ふふっ。わかりました。少しだけ期待しておきます」
「絶対何とかするから」
「はい。では、また月曜……いえ、明日、でしたね。おやすみなさい」
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