第20話 闇医者のアドレス

文字数 3,335文字

 二十番ホール中央病院の待合室には相変わらず大勢の人がいた。受付ロボットから何科を受診するのか、診察券は? など問いかけられた。

 俺は氷漬けにされたあの日の担当の病理診断科の先生は誰だったか尋ねた。ロボットは複雑な受け答えをプログラムされていないのか、何科を受診しますかと再び聞いてきた。押し問答をしていると病理診断科を受診するはめになった。

 出てきた医者は待っていたかのように俺に名前を聞くなり、カルテにないと言い出して部屋を後にした。入室してきた新たな医師は先ほどの医者とは対照的に落ち着きがなく大柄で、俺の顔なんか見たくないと顔に書いてあった。肩に肩こり防止自動肩叩き機をつけて睨んでいる。

「あの」

「質問はいい。お前のことは知ってる。運搬した」意外に話しはスムーズに進みそうだ。

「死体安置所に俺を搬入したのはお前か」

 医師は喉をごほごほ鳴らして怒鳴った。

「俺の貴重な休み時間を無駄にさせる気か」

 医師はコーヒーと大声で叫んで遠くでローラーでのろのろと動いている配膳ロボットを呼びつけた。

 コーヒーがコップに注がれると忌々しそうにロボットの足のローラーを蹴った。単刀直入にアークのことを聞いた。上層階との繋がりが強い病院だから医者同士面識があるかもしれない。この医師は俺の話を聞きたくないらしく忌々し気に跳ねのけた。

「かああ! 誰だそりゃ。俺は知らん。その名を叫ぶな! 二度と。俺は嫌いだ」

「何なんだよ。明らかに知ってるんだろ。俺だって急いでる。そいつに会いたいんだ」

「俺は言わんぞ。大声で言われては私の立場がない! 騒ぐな」と、医師は周囲に聞こえるような大声で叫んだ。医師は癇癪持ちのようで、人を見下すような目をした。

 何が不満なのか。俺のことか、それともアークに対してか。俺が再びアークの名前を口走ると、言い終わるまでに「その名は言うな。脅しのつもりか! 望むところだ」と、一体何に怯えているのか医師は俺の胸倉をつかみ、勢いで席を立った。

「あんたが俺を助けてくれたってことだろ。感謝してるんだ」

「助けたつもりはない。送られたものを受け取って解剖処理するだけだ。だが、その死体が! 脱走するなんて。俺は、死ぬかと思った」

 なるほど、この男は俺とマルコが生きていることをアークから知らされていなかったわけだ。危うく本当の死人と同じように処理されかけた。

「あんたはシャルフからおとがめはないのか?」

「今のところはな! お前と今日接触したせいで俺まで捕まるなんてごめんだ。ほっとけ。ほっといてくれ」

 まるで会話にならない医師に愛想をつかせた俺は無駄足の気がしてその場を去ろうか考えはじめたとき、俺のぽかんと開けた口をまた、アークという単語に読み取った医師はあああと、叫んだ。

「どこにもその名は存在しない。あいつの身分証を見たことあるか? ないんだ。ないのにあいつはどこへでも行ける。あいつはそういう人間なんだ」

「どういう意味なんだ?」

「上層階の人間でも誰もあいつに手を出せない。あいつは特別なんだ。これだけ教えてやったんだ。消えろ!」

「なあ、頼む。あいつのイーブンの番号か、ポーターのアドレスだけでも教えてくれたらいいんだ。それか箱庭とかいうあいつに会える場所のこととか」

 医師はむっつりして、胸ポケットからペン型イーブンを取り出して何やら触りだした。

「箱庭ってのは治療法のこったろうよ。場所なんかじゃない。あいつはイーブンなんて自分の居場所の割れる端末は持ち歩かない。どっかの学生運動グループと違ってな」

「学校はもう出た」

 医師が俺のことを知っているのは想定外だ。アークの用意した死亡診断書は偽名だったはずだ。所持品をもしや、見られたのか。

「俺たちのイーブンは、民間が保持してるのとは別回線だし、暗号化もしてる」

 俺がポケットからキューブ型イーブンを取り出すと医師は歯噛みして俺からふんだくった。

「ほぉ。回線が別? イーブンの通信会社でも丸ごと買収でもしてるのか? 貧乏革命軍が、そんな経済力ないわな。俺も色々喋った。お前も秘密を喋れ。そのお前のイーブンが盗聴される恐れがなければ協力してやってもいい。回線はどうなってる」

 そんなの言えるわけがない。イザークを裏切るような行為できるわけない。もちろん、回線は絶対に安全だ。何故なら、革命グループの保持するイーブンは全て外界(エクステリユ)を掘る作業場に独自の電波塔や基地局を立てて電波を発信している。

 そのかわりデメリットとして通常のイーブンなら楽に会話が繋がる環境で俺たちのイーブンは電波がなくなることも多々ある。

「何だ言えないのか。人の昼休みをぶち壊しといて。ああ、こんなガキが革命軍とは。おっと、軍じゃなかったっけ?」

「お前、俺を困らせたいだけなんだろ」

「おお、そうよ。だいたい今回レースの死傷者を手当てしてやったのは、だいたいこの病院だ。シャルフは何度もここに来た。何人かは治療中だろうが、しょっぴかれたよ。患者をかくまうなんてしてやれないことだ。手術もやったが、たいがいの医者はレーサーと縁を切りたがってるってこった。それが、何で、お前はレーサーで、しかも革命グループで、あの医者から送られてくるんだ」

 今度は泣き顔になって医師はコーヒーもそのままに席を立った。

「おい、まだ聞いてないぞ」

「そこの右端だ」

 医師は泣く泣く落ち込んだ様子で引き上げた。メモが置かれている。タッチ紙だ。紙として使うディスプレイで、指で文字を書いて付箋として使う。そこには、ポーターのアドレスが筆記体で書かれている。今書いたものではない、イーブンで添付したのか。迷惑のかからないうちに病院を出た。

 アークのポーターが分かったので、あとは手紙でも送って連絡を待つしかない。ポーターに手紙なんて入れる日が来るとは思わなかった。アークがイーブンさえ持っていれば手書きで出すこともないだろうに。

 さっきの医師のタッチ紙、あとからメールが添付されてきた。タッチ紙にアカウントを持たせることは、紛失や盗難の恐れがあるから普通やらない。よっぽど俺に連絡したかったことがあるらしい。

 ポーターのアドレスの下に、誰かに見られてもいいものしか送るなと書かれていた。

 アークは一体どんな犯罪者なんだ。

 誰かに見られてもいい文章しか送れないので、お礼は書くなと。関係の示すものも。あいつに話があるなら、名前は伏せて要件のみを送ること。それが、アークのルールとも書かれている。もはや、あの医師はアークのよき理解者なのではないだろうか。

 アークに手紙を書いた。紙の方が値段が高いのでタッチ便箋にした。タッチ紙と同じ材質のディスプレイだ。ただ、ポーターは受け取り手がポーターのポストから物を受け取らないとずっとポストにたまったままになる。早く目を通してくれるよう祈るしかない。



急性(アル)寿命()萎縮(トラ)について原因の究明と、友人の死の究明がしたい。氷送りの友より》



 かっこつけた文を書いたと後悔した。しかも、ださいときている。マルコが俺を小突いて馬鹿にしたようで、公衆ポーターから転送ボタンを押すとき、マルコが俺より先に押したような気がした。

 アークのことを友なんて書いたことを後悔した。向こうは絶対俺のことを何とも思っていない。俺の友達はマルコだけだ。油の滲んだ鉄の階段が靴底に粘着した。家路を急ぐあまりもう十番ホールまで来ていた。

 十番ホールは近道だが、工場地帯なので、公害もあるが、公害を怖れていては下層階では住めない。煙突の代わりに、横伝いに巡る配管の接続面からときどき煙や蒸気が漏れている。煙の行き着く先は、ホールの外なのだが結局それは最下層に沈殿する。十番ホールの下は特に汚染が酷いので最下層に降りるエレベーターも存在しない。

 薄明かりのオレンジのランプがあちこちで点滅して、大型車両が浮遊していく注意喚起をしている。その間に青いランプを点灯したマシンが割って入っていく。大型車両が躊躇してホバリング状態で停車した。

 青いマシンは見間違いようがない、執行(シャ)警察(ルフ)だ。下層階のこんな辺ぴなところになぜ。何にせよあまり近づくべきじゃない。近くの箱のような形の鉄板の民家の陰に身を潜めた。
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