第49話 四つ巴

文字数 2,648文字

「アークとはこのロボットの身体になる前から知りあいだ。俺とあいつは仲がよかったんだか、悪かったんだかは、今となっては分からないな。考え方の違いにははっきりと差があったが。あいつが暴走して世界をこんな氷漬けにし、下層階は支配されることになったのはお前ももう知ってそうなものだが」

 俺はイザークがアークを責める理由が上層階の人間だからということではないと今頃気づいた。元々訳ありの知りあいだったのだ。それに、イーブンでやりとりしたときもお互いに探り合っていたのではないか。

「ほんとに、ユーゴだっていうのか? 俺はじゃあ、あんたの何だよ。俺はお前の為なら無謀な仕事だってこなすつもりだった。命を賭けたっていいって思ってたんだぞ」

 俺の声にイザークは何も感じないように見えるのはロボットだからだろうか? だが、イザークの表情筋は人間が悲しいときをするように眉間にしわを寄せる動作を正しく行う。感情の読めないアークとはとても対照的だった。

「お前がまさかアークと知り合いになっていたのは意外だった。だが、何もお前を騙すつもりでいたわけじゃない。俺とアークはどちらも生に固執していた。全身機械化すること。脳をデータ化し、機械の身体に転送を繰り返せば何百年だって生きられる。アークは俺とは真逆だろう? 生身の肉体でないと人でいられなくなると考えているから浅ましくも死人から肉体を移植して寿命を引き延ばす。最も人道外な殺戮をした男が生身でいたがるのは、滑稽だな」

 イザークは足を引きずりながらゆっくりと迫ってくる。一時休戦中のフローラはどんなことが起きるのかと興味津々で丸い瞳を輝かせた。

「じゃあ、リアは? 従妹じゃないのか?」

「リアは元々下層階の孤児だった。下層階暮らしのランセス人は、肩身が狭いだろう。おそらく親の方も生活苦でリアを捨てたんだろうな。俺が拾ってやっただけだ。俺がこんな身体だってことは知らない。結果的に俺の革命につき合わせたことになったな」

 イザークはさして、リアが亡くなったことは苦にしていないそぶりだった。あいつは、常に自分も何かしたいと訴えてたんだぞ。イザークにはそんなのは、二百年のうちの小さなできごとの一つなのか。

「イザーク、何で二百年も生きる必要があったんだ。アークには、ニノンがいる。お前は何で革命を?」

 イザークの答えようによっては俺も戦う必要があるかもしれない。こんなことになるなんて。お願いだからイザーク、俺の知っている純粋に上層階を打倒したいと願う男でいてくれ。

「Uコードシステムは本来俺が所有するものだ。アルザス建国時に、ノアと呼ばれた俺たち外界(エクステリユ)の生き残りは、最初の殺し合いをした。
 残念なことに俺は負けて死んだ。
 幸い、脳をデータ化することに成功していた。最初は介護用ロボットに脳データを入れていたから介護ロボットして暮らした。後に、別のロボットを捕まえては自分のデータの転送を繰り返して、今の最新モデルに落ち着いたわけだ。
 後で知ってショックだったよ。俺の人間の肉体が死んだことで、Uコードシステムや、シンクロ能力の研究資料は奪われた後だった。
 だから俺はUコードシステムを取り戻して俺がアルザスの支配者になることに決めたんだ。元々俺たちノアは支配者になるはずだったんだからな」

 イザークが支配者になりたいなんて信じられなかった。平等性をあれだけ訴えてきたのに。全て演技だっていうのか? ロボットだからそんなことができるのか? 

「ダンには結果的にとはいえ悪いことをすることになるな。失望させてしまったんなら謝る。Uコードシステムを取り戻したら下層階の人間を上層階に住まわせよう。そして、上層階の人間を下層階に送り込む。これならいいだろう?」

「平等にするつもりはないんだな? ここが人類最後の都市なら、俺たちは上と下で協力すべきじゃないのか?」

「そんなものはじめからなかったんだダン。言っただろアルザス建国の第一歩は俺たちノアの殺し合いだ。ランセス人が勝ち、上層階はランセス人至上主義になった。俺はランセス人でありながらロボットになり下層階で働いた。
 ロボットの身体じゃ、下層階でも迫害されたっけな。まあ、人に近いフォルムを手に入れてからは自由にやらせてもらってる。
 俺はずっと耐えてきたんだ。
 人間の身体のときより忍耐強くなったのは確かだ。
 俺は革命のときを待ち続けたんだ。この二百年目に行動に移ったのは、Uコードシステムが生身の人間にシステムのバックアップを取ることができるまでに進化していたからだ」

 イザークはフローラに憎悪の籠った眼差しを向けた。フローラはここではじめて可愛らしく会釈してみせた。

「あんたたちおしゃべりが好きみたいだから、あたしからも提案。あたしとニノン両方殺せる人だけ残ったらどう? そこのドレイシーととダニエル・ディールスは見逃してあげてもいいわよ。お情けでね。だってニノンのこと殺せないでしょ?」

「ふざけるな。お前はUコードシステムを使い続けるだろ」

「ええ。永遠にね。あたしはニノンの早若病を利用して若返り続ける」

 Uコードシステムは寿命を縮める以外にそんな使い方ができるのか? そうか、そもそもは治療目的のシステムだった。早若病を制御できるっていうのか。

 なら、アークはどう出る。この少女と言っていいのかわからないフローラを生かすしか道はないのか? いや、システムを作ったイザークなら何かしら解決策を知っているはずだ。

 しかし、一番に攻撃をしかけてきたのはまさかのイザークだった。

 フローラだけでなく、俺とアークにも容赦なく銃弾を撒き散らす。俺は瞬時に安全な柱の裏にシンクロで飛んだ。アークも目の前に氷の柱を作って防ぐ。

 フローラはまた、車椅子で疾走してかわした。一体どんな連中がそろっているんだ。見たところ状況は最悪だ。イザークはもう俺の話を聞いてくれそうにない。アークはニノンさえ取り戻したらいいのだろう。

 俺もそうした方がよさそうだが、フローラを撃破するのは必須だろう。イザークとアークも同じ目的があるとすればフローラ撃破だ。だいたい、何だあのフローラの動きは、車椅子はモーターがついているので競技用や、軍事用だろうか。

 しかし本人は下半身が不自由なところを見るにやはり人間なのだろう。イザークが完全なロボットだとすると、フローラは半分機械といったところか。だが、改造の施し方が常軌を逸している。どこから何が飛び出すか分からない。
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