第45話 犠牲

文字数 2,656文字

「リアはまだ未成年だったんだぞ」

「そうね。だけどアルザスに住まう権利はいつなんどき剥奪されようとも、アルザス全体の人口比率を操作するにあたっては年齢で除外されるべきものではないわ。最も美しい散り際と言うものもあってよ」

「リアは、何も関与してない! 俺たちの間でさえ活動らしい活動はしてなかった。あいつはただグループにいただけで具体的な抗議活動は一度もしてなかったんだ。あいつは俺たちがただ心配でついてきた。なのにお前は!」

 俺は罵声を浴びせながらアサルトライフルを構えた。

「ええ、活動はしなくともただグループにいた。それが彼女の過ちであり、罪なんじゃないかしら? そしてあなたが巻き込んだから殺したのはあなたの責任でもある」

 この女は俺を責め立てる。確かに俺のせいだ。何でついてくることにもっと強く反対しなかったんだろうか。

 俺が思い悩んで一瞬俯いたそのわずかの隙にアンヌ・フローラが小銃に手をかけた。すかさずアサルトライフルで撃ち抜く。小銃はおろか、指だってこの至近距離では打ち射貫けてもおかしくはなかった。だが、俺の視界に炎が走った。熱を感じて引き金から指を外した。一歩後ろに飛びのくのが遅ければ指が焼き落されていた。

 この女、何をしたんだ。見たところ、かなりの軽装に小銃。この小銃はフェイクか。青い袖付近にかすかに火の粉が見える。腕に何か仕込んでいるのか。

「あなたは義賊か何かのつもりなのかしら? この一戦をはじめる前に忠告しておくけれど、あなたには勝利も敗北もないわ。あなたに残るのは罪。犯罪者の汚名。それも、アルザス史に後世その不名誉を語り継がれる」

「勝てばその逆だろ」

「いいえ、支配者なくしてはノアの子孫(ノーデ)たちは途方にくれアルザスは、各々の私利私欲に飲まれ崩壊する。あなたたちが尊ぶ『革命』は自らの首を絞めることになるだけでなく、ノアの子孫(ノーデ)たちの未来を奪うことでもある」

「確かに混乱は免れないだろう。でも、支配者なんて必要ない! 俺たちが戦わないとUコードシステムは革命グループ以外の人間は存在だって知らない! 今こうしている間も誰かが死んでるんだろ」

 アンヌ・フローラはしごく当然の顔つきで頷いた。

「Uコードシステムはアルザスの一部。アルザスの存続維持のため人口増加を抑える。非常に合理的で、機械的でしょ。感情的に動くサルみたいなあなたたちと違うわけ」

 この女はまるで機械だな。だが、ときどき覗かせるサディスト的な笑みは何なのだろう。

 さっきは先に仕掛けられたので、もう決意は固まった。俺はたった今、マルコだけでなくリアも失ったんだ。マルコ、この女を許さなくていいよな。

「そして、今ロード中の女性はあと五分で死ぬ。ペアリングは一体誰なんでしょうね?」

「殺しは今すぐやめろ」

「殺すなんて人聞きの悪い。みな、寿命でいずれは死ぬんだから。アルザスのために死ねるのよ? よりノアの子孫(ノーデ)たちは洗練され、美しい国民だけが残っていくことでしょう。本当は真っ先にあなたを排除したかったけれど、針を抜いていない二重スパイさんがいたみたいだから」

 まさか、今ロード中の女性とペアリングになっているのはダニー・モーレイか?
 青ざめていたダニー・モーレイが唾を吐き捨て銃口を向けた。俺も遅れずアサルトライフルの銃口を向けて唖然とした。さっきの熱で、銃口が切断されている。アサルトライフルはもう使い物にならなくなった。同じくダニー・モーレイもだ。

 早くも護身用ナイフの出番か。刃渡り12センチリのブレード素材はステンレス。ハンドルはカーボンファイバーなので、握ると非常に軽い、黒光りするサバイバルナイフだ。本当はチタンのブレードがよかったのだが、高くて買えなかった。それにチタンは熱に強いので、革命グループ『ブラオレヴォル』の経費で買うときにケチったりしなければよかった。

「爆弾でも取りに帰る? その方が道連れにできる可能性もあるんじゃないかしら?」

「いや、革命グループ『ブラオレヴォル』は自爆テロ行為をしない」

「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。あんたは俺ら二人を相手にしないといけねぇんだぜ」

 アンヌ・フローラはダニー・モーレイをあからさまにせせら笑った。後、五分で死ぬことが確定していることは覆らないのだろう。五分以内にこいつを倒してUコードシステムを壊すことなんてできるだろうか? いや、何としてもしなければならない。

「あなたは我々の元でよく働いてくれてたわ。形だけにしてもね。だけど、結局は私に殺されるの」

「ごちゃごちゃうるせぇな。Uコードシステムがアルプトラだって知ってりゃ最初っからお前らなんかによいしょして小遣い稼ぎなんかしねぇよ」

 俺はダニー・モーレイが口論する前にナイフの切っ先で先手必勝とばかりにアンヌ・フローラの顔面を狙った。女だからといって手加減するとかえって女性差別だと上層階の人間に怒られるのだから当然だろう。

 予想した通りアンヌ・フローラは腕でガードした。袖に当たった。金属の硬質が感じられる音がする。さっきから何を隠し持っている。いや、コートの袖そのものが金属状に変質している。一時硬化合成繊維か。数分から数時間、布が固まる。市販でもスプレーで売られているが、金属を弾く硬度を持つものは見たことがない。

 飛び散った火花が掻き消える前にアンヌ・フローラの袖の内側が煌々と光った。異様な発光。袖から大砲でも撃つ気か。そのまさかだった。

「くそ、どけ」

 視界が白になる。かっと光った瞬間、頭上に熱を感じた。横からダニー・モーレイが俺の頭を床に叩きつけた。顎を打って唇を噛んだ。

()って、乱暴だな、おい」

 上を見上げると、頬に生温い液体を感じた。赤くて、肉片もこびりついている。

 一瞬遅れて射貫かれたのは高温レーザーだった。俺に覆いかぶさるように被弾したダニー・モーレイの胴体にぽっかり穴が空いている。えぐれた臓器や、露になったあばら骨の破片の間から向こうに立っているはずのアンヌ・フローラの青いコートが見える。

 ダニー・モーレイは驚愕の表情を浮かべていたが、俺にわずかに視線を合わせるとなぜかほっとしたように目じりが緩んで倒れた。もう息がないのは明らかだった。

 肉の焦げた臭いがして、とてもさっきまで生きていた人物とは思えない何かに変わってしまったと思った。おそらくは死体なんだろうが、もう視線が定まっていない目を見るとそら恐ろしくなる。俺は今、守ってもらったのか。
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