第22話 不意打ち

文字数 2,167文字

「こんなところで何してんだ」

「あんたこそ、マルコが死んでから随分取り乱してるって話じゃねーか。いやいや、怖い顔すんなって、俺はあんたが臨時休暇中、代わりにイザークさんの右腕として仕事してるわけよ」

「イザークがお前を革命グループに入れたのか!」

「声を落とせ。ほらほらシャルフさんがこっち向いた。よそでゆっくり話そう。先輩」

 ダニー・モーレイはそそくさと俺を案内すべく、背を丸めて自分を小さくみせて手招いた。

「お前の口から先輩なんて聞いたら鳥肌が立つ」

 俺は嫌悪感を隠すことができなかった。何せ、あのダニー・モーレイが己の利害目的以外に俺に快く声をかけてくるわけがない。

「そんなことよりあんた随分目立っちまって、あのシャルフに名指しとはよ。逮捕も近いかもな」

 冗談のつもりだろうか。

「死刑の間違いだろ」

「いやいや、先輩は幹部だからあんなところで処刑はないな。持ってる情報全部吐くまで拷問されて――」

「何が言いたい」

 頭が痛む思いがする。こいつは俺を怒らせたいだけだ。先輩呼びしたところで、腹の底では笑い飛ばしているのだ。執行(シャ)警察(ルフ)の視界から外れて、裏路地にもぐりこむと、配線がミミズのようにちぎれて垂れ下がった鉄骨の廃墟地域に着いた。鉄骨を利用してテントを張って何人かが廃材を売りさばく夜市の準備をしている。

「ここなら安全だろうよ」

 廃墟の奥まった場所のはずれた扉を蹴って押しのけ、ダニー・モーレイは俺を中に入るように促した。ここまで来れば執行(シャ)警察(ルフ)の巡回も避けられるが、親切すぎて気持ち悪い。

「先に入れよ」

 言い終えるまでに突き出された拳が、俺の唇をかすめた。

「やっぱり、何か企んでるな」

 舌打ちしてダニー・モーレイは太い腕で俺の胸倉をつかむと、はずれた扉に押しつけてきた。殺すつもりはないらしいが、暴力に打って出ないと俺とは話せないらしい。膝蹴りで、押し返すと、今度はよろけたまま足にしがみついてきた。

「シャルフには連絡済みだ。どこへも逃げられねぇよ」

「お前もレーサーだろ。殺されるぞ」

 上から殴りかかると、あっけなくダニー・モーレイの顔面をとらえた。だが、ダニー・モーレイも怯まず、顔を赤らめてにやついた。まるで、怒りを通り越して歓喜しているようだ。

 突然、視界が真っ白になった。強い照明を当てられたみたいに目が眩んだ。一瞬のすき、ダニー・モーレイが俺に有無を言わさず拳をたたきつけてきた。

 何が起きたのかよく見えなかった。目をこすった。だが、また目の前に写ったのは眩しい光だ。手で顔を覆うと、無防備な腹にまた一発ぶち込まれた。悶えていると、覆いかぶさってきたダニー・モーレイが息を切るように短く笑った。

「俺はシンクロに目覚めたんだよ」

 まぶたを閉じていても残像で視界が黒い影に覆われている。失明したかと思った。うっすら、目を見開くとダニー・モーレイの瞳がライトのように光っている。

「義眼でも入れたか?」

「余裕ぶってる場合か? まあ、聞いて驚け。俺はエルザスの照明器具とシンクロすることができるようになったんだ! この才能を買われ、俺はブラオレヴォルと、シャルフの二重スパイとなったのだ」

 大してすごい能力に思えないが、不意討ちと分かっていてもしてやられた。肋でも折れたかもしれない。何にしても、こんなところで執行(シャ)警察(ルフ)に捕まるわけにはいかない。

「お前を引き渡せば報酬は、そうだな、金なんかじゃねぇ、もしかすると上層階への永住権だって手に入るかもなぁ」

「べらべらしゃべっていいのかよ? 俺が逃げたときのことも考えとくんだな」

 胸ポケットから出した護身用ナイフで、ダニー・モーレイの上腕をえぐった。思った以上に汚い悲鳴が上がった。俺は背した扉を後ろ手に抱えた。自ら回転する。廃材となった扉の角でダニー・モーレイを打ち付ける。腕でかばわれたが、どこか指を痛めたのか、片目を細めて醜悪な顔をして悪態をついた。

 叩きのめすにはまだ不十分だったが、ここは一旦退いた方が賢明だ。

「待て、待ちやがれ」

 ダニー・モーレイは傍にあった鉄骨を拾って投つけてきた。俺のぼろぼろのブーツの靴底からはみ出た合皮に命中。地面に突き刺さって持っていかれた。危なかった。

 振り返るとダニー・モーレイに合流した執行(シャ)警察(ルフ)が見えた。ウォータージェットを奪い取ったダニー・モーレイは執行(シャ)警察(ルフ)よりも偉そうな顔をして俺に狙いを定める。

 発射の予備動作でノズルから水が数滴、滴るのが見える。利き足を軸に逃げる方向を変える。鉄骨の影に飛び込む。

 背中に撃ち損じたウォータージェットの飛まつがかかった。心臓が脈打つ。振り向く暇もない。

 背後で金属片を踏み走る執行(シャ)警察(ルフ)の硬い靴底の音が、徐々に数を増やす。二人、三人、頭にもかかる水しぶき、汗で生暖かい。自分の血じゃないことを祈るしかない。痛みはないが、垂れてそのまま口に入った水は、工業用水だからか血のような鉄分の味がする。

「そこまでだ!」

 住宅街から執行(シャ)警察(ルフ)が挟み撃ちに来た。夜市のテントに飛び込んだ。幸い巻き込む人もいない。勢い余って、商品を転送するポーターにぶつかった。

 まぶたに閃光がちらついた。またダニー・モーレイの瞳が思い浮かんだが、そうじゃない。世界が反転する。浮遊感、めまい。声を上げるまでに俺の足は地から離れて俺は消えた。

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