第27話 彼女は人形

文字数 2,092文字

「ところで君は革命グループなんだってね。関心したよ。彼のロボット化の背景にはそういう感情も潜んでいるのかな?」

「それも知ってたのかよ。もう話すことはないな」

 俺はふてくされた体で腰に手を当てた。

「ニュースでやっててね。助けるべきじゃなかったよ」

 アークの嫌そうな顔を見て俺は苦笑した。お荷物だと言いたいのだろう。アークは席を離れて手をふった。急に関わりたくないという態度を丸出しにする。

「その話はそこまで。聞きたくもないよ。俺たちはひっそりと暮らしたいんだ」

「待てよ。お前がやましいことしてるのは分かったからさ。何から隠れてるんだ」

 アークはそそくさと例の少女の部屋に向う。

「原因はニノンか」

 俺は聞こえるようにわざと茶化してやったつもりだ。マルコのように。返事はコンクリートの床に木霊するアークの足音ばかりで、俺は何をやってるんだという気分になってきた。

 結局、急性(アル)寿命()萎縮(トラ)の追求を上手くかわされてしまった気がする。俺もそっちに行っていいかと聞こうとしたが、五分経ってもアークは部屋から戻って来ないので機会を逃してしまった。

 コンクリートの床を靴底をはがすようにこすり合わせて時間を潰していると、アークがいつの間にか本を数冊手に戻ってきていた。部屋からの音は何も聞こえなかったので話していたのか、治療していたのかさえ分からなかった。

 アークがさっきより陰鬱に目を伏せがちで口元は優しげに微笑んでいるのが不気味だった。その面影はニノンと似ている。医療関係の本となぜか上層階の観光施設の本を机に投げ出してから、俺に質問をさせまいとアークが目線をまっすぐに向けて俺に突然興味を示してきた。

「さっきの君のロボットに関する考え方は少し趣があったよ。俺は生体組織はできるだけ生体組織で修復したいと思うから、金属で人体を再生する分野の人とは馬が合わないのかもしれないね。君は、記憶とはメモリや、器、半導体みたいな無機質なものだと思ってる?」

「そんなことはない。俺がマルコにしてやれたことがあればその場で最大限してやるつもりだったって話だ」

 だが、アークとは少々論点がずれているようだ。アークの固執しているものはロボットでいうデータ、人でいうところの記憶だった。

「記憶は海馬が司るけど、それを完璧にロボットにトレースできたところで、それは人間とは呼べないよ。
 もちろんいつかは作ることはできるさ、神経細胞間でシナプスに伝わる神経伝達物質を電気信号に置き換えたのがロボット。
 ただしシナプスの伝達速度と同じ速度の電気信号が流れたところで、情動はそれだけで決まらない。
 仮にマルコの脳をコピーできたとする。そしたら、マルコは二人になるわけだけど、二人が今日何を食べたいかとか、行動や、欲望、意識が必ず一致することはない。
 なぜなら、脳をトレースした時点で、ロボットは一つの固体となるからだよ。ロボットの情動は、あくまでプログラムだからね。
 だから、誰も人工皮膚が精製されるようになってもロボットを好かないのさ。雑用用にしか作られないわけだよ。たとえ彼らが俺たちと見た目が似ていても」

 俺は仮定の話ばかりで少々疲れてきた。もういなくなってしまったマルコのことでああだこうだ言っても仕方がないという虚しさも込み上げてきた。マルコがロボットだったら、そもそもUコードなんかに引っかからないでいたかもしれないとか考え出したらきりがないし、涙ぐんでしまう。見かねたアークはふと悠長に話していた口を閉ざして提案した。

「じゃあ急性(アル)寿命()萎縮(トラ)で死んだことを掘り返す必要はないはずだよね」

「いや、マルコ本来の寿命はUコードシステムさえなかったら」

「そんなの今更言っても遅いって分かってるくせに」

 半ば呆れたアークは小さくため息をついた。

「マルコは俺以上に人生を愛してた。俺は生まれたときから仲のいい奴もほかに知らなかったし、マルコなしじゃ一人だった。大人になっても定職は見つからない。下層階ってだけで仕事もなかなか見つからない。こんなエルザス、なくなっちまえって思ってた」

 アークは珍しいものでも見るように俺の顔を覗きこんだ。

「アルザスの破壊ね。下層階の人間は誰もが心に一度は思うことなの?」

「上のお前には分からないだろ」

 眉を上げて、そうでもないという顔で含み笑いが返ってきた。

 俺は食ったような態度のアークを睨みつけた。

「はっきり言ってやろうか。お前のニノンはじゃあ、どうなんだよ。あんな少女、監禁して」

 アークはなぜか、眉を緩めて俺ではない誰かに話しかけるように柔らかな物腰で宣言した。

「彼女は言って見れば人形。俺にも彼女が必要なんだよ」

 一人の人間を人形のように扱うとでも言うのか。変わり者だとは思っていたが、これは放っておけない。

 俺が再び胸倉をつかみかけると、地下室いっぱいに警報音が鳴り響いた。俺が何かしでかしたかと思ってうろたえたところ、するりと手首をひねられて、解放してしまった。

「呼び鈴が鳴らなかったね。侵入者だ」

 アークは突然俺を突き飛ばすと、ニノンの病室に駆けて行った。

「待てよ。どういうことだよ」
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