第2話 「お前はどうしてこの家に来た?」

文字数 2,611文字

「お前、何者だ……?」

 突然の問いかけにこいつは身体をびくっとさせて、今にも泣きそうな顔で俺を見つめている。目線を下の方にやると手は制服をぎゅっと握っていた。強い力で握っているのかシワになりかけている。

「え……」

 予想外の質問だったのだろう。拍子抜けしたのか、力の抜けた、腑抜けた声でこいつは返事をした。

「だ、か、ら、お前は何者だって言ってんだ。安心しろ、通報しねぇよ」

「その代わり、お前は何者かっていうことをしっかり話してくれよ?」

 俺はニヤッと笑って言った。そのおかげか泣きそうになっている顔から、自信の溢れた元気な顔が戻ってきた。その顔を見て、俺は何故か胸を撫で下ろした。

「……私は柳瀬結衣。さっきも言ったとおり、幽霊だよ!」

「結衣って言うのか。お前、さっき幽霊だって言ってたが幽霊だって言う証拠とかあんの?あと、俺に見えてんのも疑問なんだが」

「う~ん。ゆーま君に見えてる理由は実はあんまり分かんないの。ただ会いたいって願っただけ。」

「幽霊だっていう証拠ねぇ。難しいなぁ……。」

「あ!」

 結衣は何かを思いついたのか手をパンと叩いた。その後、すぅ〜と息を吸う音を聞いた俺はどこか嫌な予感がした。するといきなり、

「ねぇ、ゆーま君!」

 と、バカでかい声で呼ばれた。

 "うるせぇぞ!通報して欲しいのか!"と言ってしまいたかったが、そうしたらこいつが萎縮して、何も聞き出せなくなることは目に見えていたので、気持ちをぐっっと抑えて、限りなく怒りを見せない返事をした。

「うるさいぞ!俺はまだ耳は遠くない。大声を出すんなら先に言ってくれないか?」

「ごめん、本当にごめん!説明するのに必要なことだったの。だから、その、拳を握るのやめてほしいな。明らかに力入ってるし、ちょっと怖い……」

 自分の手を見てみると自覚がなく握られていて、手のひらには爪の跡が残されており、当分消えそうにない。

 いけない、いけない。怖がらせてしまっては何も聞き出せなくなるぞ。そう、再度自分に言い聞かせた。

「怒ってねぇよ。ごめんごめん」

「大丈夫だよ。こちらこそ、いきなりごめんなさい」

「……で、必要なことって何だよ」

「証拠はこの"大声"!」

「大声?それと幽霊だっていうことと何がつながるんだよ」

 結衣は、"よくぞ聞いてくれました!"と伝えたいのか鼻を鳴らして、探偵のような、少し偉そうな感じで言ってくる。

「ねぇ、ゆーま君。この家で初めて会った時、私がとびっきりの大声で起こしたの、覚えてる?」

「ああ、あれか。まったく、久しぶりの快眠だったのに……」

「なんか、色々とごめんね。……ほら、この家ってマンションでしょ?左右どっちの部屋にも住んでる人がいる。しかも朝っぱらだ。」

「普通、こんな大声を出せば苦情の一つや二つ来ると思わない?」

「幽霊の特徴の一つに"姿を認識している人でなければ声が聞こえない"っていうのがあるの。このあたりで私が見えているのがゆーま君。あなただけなの。」

「……。といったわけで、説明終わり!この話の中で分からないことがあったら手をあげたまえー!」

 姿を認識していなければ声は聞こえない、か。うーん。そうゆうもんなのか?まあいいや。

 質問はまだもうちょっとある。結衣がいい気になっている間に色々聞き出さなくては……

「はいはーい!先生、質問いいですかー?」

「うむ、何だねゆーま君?」

「なんで先生は、俺の名前を知ってるの?」

 自信の溢れた偉そうな顔は、少し暗く寂しい顔に変わっていった。

 感情の移り変わりが激しいやつだな。笑ったり、かと思えば困ってたり……。感情で反復横跳びでもしてんのか?

 そんなことを思っていると結衣は少し暗いトーンで答える。

「あー。それか……。うーんとね。こればっかりは……」

「何だよ。やっぱやましいことがあんのか?……ストーカーとか!」

「違う!断じてちがーう!てか、今までそんなこと思ってたの!?」

「だって、今なんか言えない感じだったじゃん。やましい事があるって勘違いされてもおかしくないと思うが」

「だって、だって。ゆーま君、昨日までのこと忘れちゃってるんだもん!」

「君、忘れてるかもだけど、ゆーま君と私、何回か会ってるからね?」

 信じられない話だ。俺と結衣が初対面じゃなかった?

 やっぱ何か隠してんのか?俺は昨日……

 ……

 ……

 あれ?どこかおかしい。こんなことはありえないはずなのに……。

「どうしたの?いきなり思い詰めた顔しちゃって。私はさっきまでの顔のほうが……」

「おかしい」

「へ?何が」

「昨日、学校に行った記憶しかない……」

「学校って。昨日、いやもうちょっと前から夏休みに入ってるもんじゃないの?」

「まぁ〜、あんなことがあれば記憶がなくなるってのもあるのかなぁ」

 大声で起こされた時からこの時までは、てっきり結衣がおかしいのかと思っていた。しかし、実際におかしかったのは俺、ってことだったのか……。

 寒気がする。自分はいつからおかしくなっていたのか。昨日どころじゃない。数日前からの記憶もどこかおかしい。いや、親や友達とかの確信のある記憶もあるのだが……。
 
 自分には何があったのか。結衣は何かを知っているのか?

 俺は恐る恐る質問する。

「結衣、お前は俺に何があったのか知っているのか……?」

「うーん。まぁ知ってるけど……」

「悪い、教えてくれないか?」

「でも……。きっと忘れるってことはそれほど耐え難い出来事だったってことじゃないかな?そんなことを思い出しても、今は暗い気持ちになるだけだと思うの。」

「だから、私は教えない。時間はたっぷりある。自分で思い出すまで待ってみても、いいんじゃないかな……」

「そっか、そうだよな」

 突然のことに動揺する。自分が今、どんな顔をしているのかも分からない。

 ……

 ……

「……もうっ!暗くならない、暗くならない!大丈夫、大丈夫だから……そんな顔、しないでよ……」

「さあ、まだ質問はあるんでしょ?ほら、どんと来い!」

 結衣は、声を大きくして言う。それは俺だけじゃない、結衣自身に対しても言っているような感じがする。顔を見てみると、以前のような自信の溢れたものではなかったからだ。

「じゃ、質問行こうかな~!」

 俺が元気を取り戻した、そう思ったのか結衣にもいつもの顔が戻ってきた。その顔を見て、ホッとする。なぜだろう。

「う、うん!何だね?ゆーま君?」

「結衣、お前はどうしてこの家に来た?」
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