自然数を理解する仕組み

文字数 3,205文字

 人間は、生得的に、すなわち生まれながらにして自然数を知っているといわれることがある。たとえば、チョムスキーは「我々は、数値計算用のコンピュータのようには作られていませんが、数の概念は持っているのです。」(チョムスキー. 2012. p.82)と述べているし、数学者の新井(あらい)敏康(としやす)もある講演で、「われわれは自然数がなんであるか知っています₁」と述べている₂。
 こうした発言から、われわれはなぜ自然数を理解することができるのだろうか、という問題は議論に値する問題であるように思われる。以下では、数学基礎論やチョムスキーの考えをもとに、自然数理解の基礎となっていそうな演算を示したい。具体的には、帰納的集合と自然数との一対一対応、併合という言語に関する演算をもとに、人間に概念をつくる能力と併合の再帰的計算能力が備われば、自然数に一対一対応できる概念集合をつくれることを述べたい。

帰納的集合

 以下の条件を満たす集合Aは帰納的集合と呼ばれる₃。

1.φ∊A
2.すべてのx∊Aに対してx∪{x}∊A

φ(ファイ)は空集合であり、最初の条件は空集合がAの要素であることを示すものである。また、二つ目の条件は、集合Aの要素であるようなxは、xとxを唯一の要素としてもつ集合との和集合も集合Aの要素となることを示すものである。
 このような帰納的集合があれば、自然数に対し、一対一対応をつくることができる。たとえば、φに0を対応させ、φに二つ目の条件を適用した φ∪{φ}= {φ}に1を対応させていくのである。すると、以下のように対応していくことになる₄。

0=φ
1={φ}
2={φ、{φ}}
3={φ、{φ}、{φ、{φ}}}
一般に、自然数nと(n+1)との関係は、n+1=n∪{n}である。

併合演算

 併合に関する説明はいくつかあるようだが、チョムスキーは言語の併合演算を次のように定義している₅。

Buried in any recursive procedure somewhere is the concept of taking objects X and Y already formed and constructing a new object Z. Call the operation Merge.
「いかなる再帰的手続においてもどこかに埋め込まれているのが、既に形成された対象 X と Y を取って、それから新たな対象 Z を構築するという概念である。この演算を併合 (Merge) と呼ぶことにしよう。」(福井訳)

Keeping as closely as possible to the Galilean principle, in accord with (justified) practice of the natural sciences since their origins, we will assume, unless shown otherwise, that Merge meets the principle of minimal computation (MC). We will, therefore, assume that X and Y are not modified in the course of this computation, so that Merge (X, Y) ={X, Y}.
「自然諸科学の起源以来行われてきた(その正当性が確立している)慣行に従い、ガリレオ的原理を出来る限り守ることによって、併合は最小計算(minimal computation, MC)の原理を満たしていると(そうではないことが示されない限りは)仮定することにしよう。従って、XとYはこの計算の過程において変化をこうむることはなく、その結果Merge(X, Y)={X, Y}となると仮定する【XとYに併合が適用されることによってXとYは変化を受けず、単に{X,Y}という集合が形成されるだけということ】。」(福井訳)

 object が具体的に何を指すものなのか、文の要素なのかどうか、この定義からだけでははっきりしないが、併合というのは、順序のない集合をつくる演算であると解釈されている。
 この Merge(X, Y)={X, Y}は、先にあげた帰納的集合の二つ目の条件と類似しているが、文の生成よりも基礎的な演算、object を文の要素よりも基礎的な概念を考えることで、自然数理解の基礎となっている可能性のある演算、あるいは自然数理解の演算モデルを示すことができるように思われる。以下、このことについて述べる。

自然数と関係する併合演算

 概念の形成や範疇(はんちゅう)()、また離散無限を扱う再帰的規則が生得的であると主張されることがある。たとえば、以下のチョムスキーの発言がそうである。

「概念形成能力があれば、知覚したり、範疇化を行なったり、記号化したり、おそらくは単純な推論を行なうことさえできるでしょう・・・このような概念システムは部分的には他の霊長類にも共有されているかも知れない類のシステムです。」(pp. 79-80)

「言語機能と数機能の両方に同じものが関与していると考えることができるからです。どちらの場合にも、再帰的規則を用いて離散無限を扱うような能力が関与しているのです。そのおかげで、一方では数機能が発生し、もう一方では、他の諸原理と相俟って無限の数の言語表現を作り出すことができる能力が生じるわけです。そしてこの言語能力が、より原始的かも知れない概念システムと結びついた時、自由な思考を産み出す能力を構成するのに不可欠な要素が得られることになるのです。」(p.79)

 人間がつくる文を観察すると、そこには分節という性質がある。つまり、文は部分に分けることができる。これは組み合わせの計算機構によって文が生成されていることを示唆するように思われる。
 そこで、概念α と、Merge( X, {X})= X ∪{X}という和集合を考えると、これは以下のような概念集合を生み出すことになる。ただし、Xは概念集合であり、{X}は概念の要素を一つもつ集合である。

φ(概念αが存在しない)、{φ}、{φ,{φ}}、{φ,{φ},{φ,{φ}}}・・・
{α}、{α,{α}}、{α,{α},{α,{α}}}・・・

これらは、ℵ₀ (アレフゼロ)の濃度である自然数と一対一対応させるのに十分な概念集合である。

結論

 以上、人間が自然数を理解できることに疑問を思い、組み合わせなど、何らかの計算機構を示唆するものがあることを指摘し、その演算モデルとして、自然数と一対一対応できる併合演算を示した。




₁ 「数学を論理で読む」と題する公開講座
₂ その他、小島の本には次のような記述がみられる。「私たちがこのように自然数を経験的に理解できるのは、そもそも人間に『自然数を理解できる能力』が生来備わっているからだ、と考える学者が多いようです。例えば、宇沢弘文という著名な学者はそのような生来に備わる理解能力のことを『innate』(生来の、生得の、天賦の、先天的な、などと訳される)と表現しています。」(小島. 2017. p.216)
₃ 小島寛之. 2008. 『数学でつまずくのはなぜか』. 講談社. p. 209
₄ 同上. pp.206-207
₅ チョムスキー. 福井直樹編訳. 2012. 言語基礎論集. 岩波書店. p. 23

資料
小島寛之. 2008. 『数学でつまずくのはなぜか』. 講談社
小島寛之. 2017. 『証明と論理に強くなる』. 技術評論社
チョムスキー. 福井直樹編訳. 2012. 言語基礎論集. 岩波書店
福井直樹. 辻子美保子. 2011. 『生成文法の企て』. 岩波書店
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