第5話「犬と人」

文字数 1,192文字

 私達「ワン・ワンコ」と「野山リリ」の2人はとってもいい子なので、打ち合わせ時間より前にビルについている。
 したがって、少しの間会議室前の待合室で十分少々過ごすことになった。

 当たり障りの無い挨拶は既に終え、リリさんが廊下にある自販機からお茶とコーヒーの缶を一つずつ買って「お好きな方をどうぞ」と手渡してくれた。
 
 これが、人妻味のある女子大生に採用される中身の行動か!
 炭酸が飲みたいです!とは口にださなかった私だって、ちょっとは人妻味があるはずだけど。

「ワンコさんは誰がお好きなんですか?」
「えっ…?…しいて言うなら一学年上の…。」
「あっ…。好きな配信者さんの話です。」
 これからまさにバーチャル配信者になろうと言う人間同士の会話。
 前提条件として、界隈が好きで、知識があるものとして進めるのは当然だろう。
 急にプライベートな恋バナなど、人妻味さんがするわけがない。

 恥ずかしい勘違いをしてしまった。
 後頭部に手を当て軽く何度か頭を下げる。
 私のよくやる照れ隠し行動だ。

 しかし、困ったことに「小物雑魚仕草」で場をつないだものの、打ち返す言葉が出てこない。
 なぜなら私に「バーチャル配信者」の知識がまったくないから。
 只々なんか面白いことないかな~と、応募しただけの不純人間なもので…。

「私、あんまりコッチ方面明るくないもので…。」
 どっち方面かは自分でもよくわからないが、素直に知識不足と「野山リリ」の中の人「十輪むつみ」さんに告げる。
 リリさんは、怒ったりしなそうな人っぽいし。

 採用が決まってから準備期間は一ヶ月ぐらいあったのだけど、配信自体の知識と勉強、環境を整えることに時間を取られてしまい、先輩方や他の配信者の情報などを学ぶ時間を取れなかった。

「そうですか…その「いい声」をされているので…てっきり。」
 リリさんが、何かを言おうとして明らかに飲み込んだけど、触れないほうが良さそうだ。

「初めてです。いい声って言われたの。顔はたまに褒められるんですけどね!」
 声以外、作り物のバーチャルになるというのに、思い返しても褒められた記憶がない。
 
 もっと言うと顔を褒めてくれたのは、身内の、しかも年一でしか合ない「おばーちゃん」だけな気がする上、私がご飯をもぐもぐ食べている時にしか言われてない気がするけど、褒められたことがあるのは事実だ。

「いい声ですよ…。自然で…その牧歌的て言うんですかね?」
 なんでかリリさんは、懐かしむように少し遠くに声を通した。

「つまり私は、特徴がなくて田舎っぽいってことですね!リリさん!」
 沈黙やしんみりに、妙に恐怖を感じるタチなので、わざとらしく明るく返す。

「ふふふ。ワンコさんはいい人ですね。」
 互いを呼び合う時は、本名ではなくキャラの名前にしよう。
 今後配信中などに、ボロを出さないために。
 
 それがリリとワンコの最初に交わした約束だった。
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