第1話

文字数 1,574文字

 探偵、高野内和也はソファーにうずくまりながら頭を抱えていた。
 全員が揃い次第、家政婦の佐々木ほのかが迎えに来る手筈になっている。
 机の上に広げられている関係者からの証言をまとめたファイルと、屋敷の見取り図をさっきからずっと交互に睨みつけながら、繰り返し仮説を当てはめてみるが、脳内のジグソーパズルは一向にはまらない。
 犯人は誰だ? そしてそのトリックをは?
 思考が停止したまま、時間だけが刻々と過ぎていく。しかし一向に解決の目途が立たない。
 一向に止まない雨音が高野内の神経を逆なでる。
 もう少ししたら容疑者たちの前に立ち、高野内はこの館で起きた殺人事件の推理を披露しなければならないのだった……。

 ここは南金山市の山奥にある古びた洋館。
 二日前に発生した殺人事件は、その前日から発生した台風の影響で崖崩れにより、警察は到着の目処がつかない状態だった。そこをたまたま訪れていた高野内は探偵として事件の解決を依頼されたのだ。
 高野内は現場を調査し、関係者から聞き込みを行った。
 ソファーで腕を組み、目をじっと閉じながら三時間もの間熟考すると、突然、事件のトリックと犯人がパッと閃いた。
 急いで女中である佐々木を呼びつけると、意気揚々と至急応接間に関係者全員集める様にと指示を出した。
 高野内はこぶしを鳴らす。ここが探偵としての最大の見せ場であることに間違いは無い。容疑者全員の前で名推理を高らかに披露し、最後にビシッと犯人を名指しする。これこそ探偵冥利に尽きる醍醐味なのだ。
 ところがである。
 改めて推理を組み直してみると、顔がみるみるうちに青ざめてくる。さっき出した自分の推理に決定的な矛盾がある事に気が付いたのだ。
 つまり、推理はふりだしに戻ったという訳だ。
 しまった、他にいい仮説が思いつかない。このままでは皆の前に出てもただ立ち尽くして恥をかくだけだ。これでは何の為に関係者を集めてもらったか分からない。
 ここは正直にまだ何も分かっていませんと告白するか? いいや駄目だ。犯人が分かったと関係者全員を呼んでおいて、今さら無理だなんていえない。赤っ恥もいいところじゃないか。
 仔犬のように怯えながら頭を掻きむしり、いら立ちながら部屋中をうろついていると、足の小指を机の角に思い切りぶつけてしまう。
「くそっ!」苦痛に顔を歪めながら、腫れあがった小指をさする。
 いっそこのままこっそりと裏口から帰ろうかとの考えが頭に浮かんだその矢先、扉のノックが響いた。
「失礼します。みなさん揃いました」佐々木ほのかが返事も待たずに入ってきた。
 逃げ場を失った高野内は、よろよろとソファーに倒れ込むと、頭を抱え込みながら、かすれた声で佐々木に訴える。
「うう、さっきから激しい頭痛がする。……それにお腹も痛くなってきた。――佐々木さん、悪いが今は動けそうにない、また後にしてくれないか」などと言いながら頭の中では屋敷から抜け出す算段を巡らす。
 佐々木はすぐさま高野内に駆け寄ると、屈みこみながら優しく背中をさすりだした。
「高野内さん、大丈夫ですか。……少しお待ち下さい。今すぐ野々村先生を呼んできます」そういって立ち上がり、今入ってきた扉へ戻ろうとしていた。
 そうだった。関係者の中には医者もいたんだったっけ。
「ちょっと待った! もうだいぶ落ち着いてきたようだ。野々村先生は呼ばなくていい」慌てて呼び止める。仮病がバレれば元も子もない。
「そうですか。それは安心しました。みなさん応接間でお待ちですから、用意が出来ましたら、すぐにいらして下さい」そう言い残すと、佐々木は部屋から姿を消した。途端に激しい雨音がその音量を増し部屋中を支配していく。
 高野内は覚悟を決めると、勢いよく重い腰を上げるのだった……。
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