第5話

文字数 2,513文字

「停電だ!」亮一の叫び声が響く。
「私、ブレーカーを見てきます」佐々木の声が届くと、扉の開く音が聞こえた。
 高野内はその場から一歩も動けず、ただひたすら立ち尽くした。その後も雷鳴は止まず、まるで、高野内の神経を逆なでしているようだった。

 数分後、明かりが戻った。部屋中から安堵の溜息が聞こえる。高野内は喉の渇きを覚え、水の入ったコップを傾ける。
 程なくして佐々木が戻ってきた。
「やっぱりブレーカーが上がっていました。さっきの落雷の影響ですかね……あれ、美幸様は?」
 慌てて見廻すと、確かに神林美幸の姿が見当たらない。
 高野内は暗闇に紛れて逃亡したと確信した。
「しまった。私が最初から見抜いていた通り、美幸さんが真犯人だったんだ。追い詰められた彼女は停電になった隙に逃亡を計ったに違いない。――とにかくこの雨ではそう遠くへは行けまい。取りあえず館内を探しましょう」
 高野内の言葉を受け、全員が扉に向かう。だが亮一がドアを開けると、そこに美幸がぽつんと突っ立っていた。
「どうしたんですか? 皆さんそんなに目を丸くして」美幸はポテトをくわえながら、何でもない顔で部屋の中へ入りっていく。手にはハンバーガーが握られていた。
「どうもこうも――。お前、逃げ出したんじゃなかったのか」亮一が激しく詰め寄る。
「どうして私が逃げなきゃいけないの。何もしていないのに」
 佐々木は心配そうな口調で、「奥さま、今まで何処にいらしてたんですか」
 しかし、美幸は皆の心配など、どこ吹く風で、悪びれる様子は微塵も感じられない。
「ちょっとお手洗いに行っていただけよ。だいぶ前から催していたんだけど、みんな盛り上がっていたから、なかなかタイミングが掴めなくて……で、そのついでにキッチンに寄ってきたの。悪い?」
 神林亮一は眉をしかめ、興奮気味にまくしたてる。
「だからって停電中に行くことはないだろう。人騒がせもいいところだ、全く。トイレに行くなら、ひとこと俺に言えよ」
「あらそう? ごめんなさい。次からはそうしますわ。……ところで犯人は結局私って事になっているのかしら?」美幸はあっけらかんとしている。開き直っているのか、元々そういう性格なのか高野内には分からなかった。
「美幸さん、君しか残っておらんじゃろう。観念して白状したらどうじゃ」
「俺もお前を信じたいが、みんなの無実が証明された今のこの状況じゃ、どう考えてもお前しか考えられない」
「じゃあ、私がどうやってお義父さまを殺したのか、探偵さん教えてくださる?」
 一斉に高野内に注目が集まった。
「仕方ありません。では、犯行の一部始終を説明しましょう」高野内は声を絞り出した。
「皆さんが紀彦氏の部屋に集まった時のことを思い出してください。その時、誰がいましたか?」高野内は亮一に視線を向けた。
「たしか、俺と野々村先生と佐々木と、あとはあなたの四人だった」
「美幸さんはいなかったですね」
「いなかった。それはわしも覚えておる」野々村は頷いた。
「私もです」佐々木も手を上げて答える。
「では美幸さん。あなたはその時、何処で何をしていましたか?」
 美幸は即答した。「部屋で熟睡してたわよ。きっと飲みすぎて疲れていたのかしら。騒ぎには全然気づかなかったわ」
「それを証明できますか?」
「出来るわけないでしょう。眠っていたんだから」憮然として美幸は口を尖らせた。
「本当はこうじゃありませんか? あなたはあの夜、紀彦氏の部屋を訪問して彼を殺害した後、そのまま部屋に残ったんです」
「どういうこと?」
「紀彦氏の倒れる音で誰かがやってくる気配を感じたあなたは、部屋を出る機会を失い、とっさに内側から部屋の鍵を掛けた。そしてドアが破られそうになると、今度はベッドの下に身を隠したんです」
 その場の全員が固唾を呑んで高野内を見つめている。
「そして我々が部屋から引き上げたのを見計らって、あなたはベッドから這い出して部屋へと戻った」
「それから?」
「それだけです。私は最初からあなたが犯人だと確証していました。遊びはもう終わりです。どういう理由があったのか私には分かりませんが、こうなったら素直に認めるしかありませんよ」
すると部屋中に大爆笑が起こった。高野内以外の全員が腹を抱え、美幸は涙を見せながら笑い続けていた。
 高野内は苦笑いを浮かべて、ただ茫然と立ち尽くした。
「ああ、可笑しい。探偵さん。最高のジョークだったわ」
「親父が殺されて、沈みかえっている俺たちを励まそうと、わざとしょうもない推理劇を繰り広げてくれて、本当楽しかったよ」亮一は高野内の肩を叩き、強引に握手をした。
「わしからも礼を言わせてくれ。体重百六十キロの美幸さんがベッドの下に隠れていた? 実に面白い。我々はベッドの下の、この巨体に気づかなかった訳じゃな」
「失礼ね。百五十七キロよ」美幸が口を尖らせる。
「探偵さん、なかなかの余興じゃったよ。本業は探偵じゃなくて芸人なのかな」
 恥ずかしさのあまり死にたくなった。いくら上手い推理が思い浮かばなかったとはいえ、あまりの推理に、高野内自身、落ち込まざるをえない心境だった。
 こうなったら、ジョークとして押し通すしかないと、頬を引きつらせながら、出来るだけの最高の笑顔を作った。
「みなさん、楽しんでいただけましたか。……では夜も更けてきましたし、そろそろ解散しましょうか。きっと明日には警察も到着するでしょうから、今夜はゆっくりとお休みください」精一杯の強がりだった。

 高野内は応接間を出ると、さっきの場面を思い出していた。
 ため息が止まらない。とんだピエロを演じてしまった。
 やっぱり後から警察に追われても、強引に帰ればよかったかなと後悔しながら鉛の足を引きずっていると、いつの間にか自分の部屋に到着していた。
 ポケットから鍵を取り出し、それを何気なく鍵穴に差し込むと、その瞬間、頭の中に閃光が走る。
 そうか、そうだったんだ! 今度こそジグソーパズルが完成した。

 高野内は踵を返すと、あの人の部屋へと歩き出した……。
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