第8話 12月25日、カフェ・オーパスにて

文字数 1,129文字

 婚活はいったん忘れて、さり気なく、さり気なく、がっつかないように気をつけて、フレンドリーに……

 退勤してから、センターの駐車場で小出さんが出てくるのを待った。雪がチラついているけど、緊張して寒さなんて感じない。
ベージュのコートと白いマフラーの小出さんが小走りで、「すみません、待ちましたか?」
「いえっ」
「亀田さん、薄着ですね」
「デブはいつも熱いんです」
「ふふっ」
 あ……笑ってくれた。

 カフェOPUSの予約席へ2人で座る。
小出さんは珈琲だけのつもりだったみたいだけど、冬野菜とサーモンのドリアセットとデザートを2人分注文した。

「いつも派遣の条件以外の手伝いをしてもらっているから、おごります」
「いえ、そんな」
「臨時収入があるので」
「ボーナスですか?」
「ボーナスもだけど、恋愛支援給付金50万円が入ったんですよ」

「別名失恋給付金ですか、上限50万円ってなかなか下りないって聞きましたけど」
「みんなから聞いていない? 実はね、俺、結婚詐欺にあって……」
 笑いながら被害総額を告白した。「バカでしょ?」
小出さんは目を丸くした。

 それから小出さんはドリアを食べながら、
「亀田さんはバカじゃないですよ、みんなからITリーダーって呼ばれて頼りにされているじゃないですか。亀田さんが休みのときなんて、みんな不安そうですよ。あ、この蓮根とカボチャ美味しい」
 ITリーダーは肩書きじゃなくて、みんなが面白がって付けたあだ名の1つ。陰で『ゆるキャラオタク』とも呼ばれていることも知っている。

 食後の珈琲とデザートのザッハトルテを味わって、その日はカフェを後にした。
名残惜しい、非常に名残惜しい。でも、無理して涼しい顔をするんだ。奥歯を噛みしめ。下心がバレないように。

 小出さんがバスに乗り込み、姿が見えなくなるまで見送った。
これは詐欺師のカオリンから教わったマナーの1つ。カオリンからは色々教えてもらったかもしれない。いわゆる紳士的な振る舞いの数々。高すぎる授業料だったが。

 ふと帰り道、不安になった。
そういえば小出さんは料理が運ばれる度、スマホで写真を撮っていたな。ツイートに載せるのかな。
どうしよう、「会社のキモオタと一緒の残念なクリスマス」とかツイートされたら。
「お疲れさま」「ご愁傷さま」とかリプされていたら。

 独身寮に戻って風呂に入って寝るまでの間、何度小出さんのツイートを確認したことか。
俺は捨てアカウントを作って小出さんをフォローしようかと思ったが、それも怖くてできないでいる。
 9時45分にツイートがあった。ドリアとサラダ、珈琲とザッハトルテ、上手に撮るもんだな。

 〈初めて行った路地裏のカフェ 素敵なクリスマス〉

 俺は報われたー! と思って膝から崩れ落ちた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み