第7話 小出さんのTwitterアカウント

文字数 1,405文字

 すぐに、小出さんのTwitterアカウントを見つけた。
俺、やっぱり有能。自画自賛。
”marieminto”
土日は、ずっと小出さんのツイートを(さかのぼ)った。


「マジかよ」
 小出さん、バツイチだった。
今から3年前に調停(ちょうてい)離婚している。子どもはいないようだが。
そのときの赤裸々なツイートにたどり着いたのだ。

 ツイートを要約すると、浮気した夫が開き直った態度を見せたので、怒った小出さんが調停の申し立てをしたようだった。“調停”離婚だ、一般的な協議離婚じゃない。裁判の手前。
慰謝料200万円で調停成立している。

 なんだよ、見かけと違ってキツい女じゃないか、危ない危ない。

 バツイチなんて論外だ。だいたい離婚なんて双方に問題があるんじゃないの? 未婚の俺が言うのも説得力ないが。
それに誰か知らない男のお下がりなんて……
俺はスマホをベッドに放った。

 歯を磨いてベッドに入る。眠れそうにない俺は、またスマホを拾い上げた。

 え! 元夫は即再婚しているじゃん。あらら、再婚相手の経営する会社が倒産……すぐに慰謝料滞納……そんなとき調停調書があれば、給料差し押さえができるのか。なるほど……
でも小出さんは結局、元夫に慰謝料の督促をしていない。強制執行して差し押さえができるのに放置している。

〈もう縁を切りたいからどうでもいい〉
ってツイート。

 ……小出さんは上品で育ちが良さそうな雰囲気なのに、順風満帆な道を歩いている訳ではなかったんだな。傷を抱えているんだ。俺と一緒だ。いや、俺よりもずっと傷は深いよね。
調停をしたのは、金の問題じゃなくて気持ちの整理のため?
俺は何度も寝返りを打った。


 小出さんがきれいにファイリングしてくれたので、クリスマスイブに残業の必要が無くなってしまった。困ったな。
契約以外の手伝いをしてくれた小出さんに対し、個人的にお礼がしたいという気持ちは日に日に強くなっていった。

 ツイートを遡って、小出さんが珈琲好きだということはリサーチ済みだ。
ツイートによると、最近では観葉植物を育てたりマスクを手作りしたり、柚子ジャムも作っていたな。
俺がたまに行く喫茶店の珈琲豆なんかは、プレゼントにどうだろうか。けっこう本格的で評判いい店なんだ。もし、いらないって言われたら自分で飲めばいいし。しょっぱい味がしそうだけど。

「小出さんっ、あのっ、これよかったら、お礼です、ファイリングのっ」

 就業時間終わりを告げる微かなベルが鳴ってから、俺は引き出しから2種類の珈琲豆が入った紙袋を取り出した。紙袋はポインセチアのスタンプが押してあるクリスマス仕様。
小出さんがキョトンとした顔をしているので、
「……珈琲です。好き、ですか?」
リサーチ済みなのに急に自信が無くなり恐る恐る尋ねると、小出さんは手を小さく打って笑った。

「今日ずっと珈琲のいい香りがしていたのは、これだったんですね。大好きです」
 小出さんは紙袋を手に取り、お店の名前を確認した。
「どこにあるんですか、このお店。カフェ……なんて読むんですか?」
「OPUS、オーパス。ここを出て駅の方に向かって2つ目の信号を右に入って少し行くと路地があって、ちょっとわかりにくいかも」

 俺は終始うわずっていた。この時のことはふわふわしてあまり覚えていない。
次の日のクリスマス、なぜだか会社帰りに『カフェOPUS(オーパス)』へ案内することになったのだ。
案内するだけじゃないよね、2人で珈琲飲んでいいんだよね?

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