第1話 恋愛弱者 鏑木課長編~投稿サイトでガチ恋~

文字数 2,577文字

 統一野党が政権を握ってしまってから、テレビのニュースを見るとうんざりする。

 狂っているとしか思えない政策ばかり打ち出しているからだ。
その最たるものが『恋愛支援給付金』だと思う。別名、失恋給付金。
少子化対策として、若者の恋愛離れに歯止めをかけるため施行されたもの。
 若者ではなく、そして恋愛自体に縁遠い俺には無縁のものと思っていた。数ヶ月前までは。


「結婚詐欺にあった亀田君、失恋給付金申請したらしいよ」
 (あじ)フライ定食を食べながら、笑いを堪えるようにして同僚の増渕が言った。

「申請の仕方聞きに行こうかな……」
「え? 鏑木失恋したの!?」
「まあね。みんなには内緒な」
「それで最近溜息が多くなったのかー。相手は誰? 俺の知っている人?」
「ううん、知らない人」
「ま、いろいろあるよな」

 増渕はこの話題から即座に撤退した。そりゃそうだ、40過ぎの失恋男にかける言葉なんて見つからないよな。失恋のせいだろうか、最近免疫力も落ちているみたいで疲れが抜けないし食欲も無い。

 丁度そのとき、社員食堂のテレビからCMが流れてきた。

『失恋して傷心のあなた。政府は恋愛支援給付金であなたを応援します。失った恋に出費した費用に対して、その一部を支給します。だから恋に臆病にならないで。あなたとの出会いを待っている方が必ずいます』

・50万円が上限となります。
・支給の割合は一律ではありません。算出方法はこちら→事務局Webサイト
・マイナンバーの入力と根拠書類(通帳、カード明細の写し)のご提出が必要となります。
・申請後、事務局にて審査をさせていただきます。
・詳しくはQ&Aへ。


 恋愛支援給付金の申請なんて、失恋を申告するようなもの。
みっともないことだと思っていた俺だったが、1か月前からの喪失感を紛らわすために申請手続きをすることを決意。何かをしていないと、気が沈むからだ。
まずは先駆者である亀田課長代理に声を掛けた。


 業務終了後、会社近くのファミレスで亀田と待ち合わせした。
亀田は異彩を放っているので遠くからでもすぐわかる。
体重100キロ近い、やぶにらみの貧乏揺すりが奥のテーブルにいる。凶悪なゆるキャラ。

 センターでの事務処理能力がケタ違いに高いので、期待され大規模支店の営業部門に配属されたらクレームを受けまくり伝説を作った男。またセンターへ出戻りとなった。
 センター歴が長い俺もコミュ障の亀田のことは笑えないな。同じ穴のムジナだ。


「悪いね亀田君」
「全然。鏑木課長、給付金は早く申請した方がいいですよ。『申請してみた』のYouTubeもう乱立している。政府の財源すぐに底をつくから」
 亀田の前にチーズハンバーグセットが運ばれてきた。もう注文していたのか。俺も慌てて鍋焼きうどんを注文する。

 亀田は見かけより若く序列は俺よりずっと下だが、センターでのIT能力は『神』と評価されているので振る舞いが自由だ。年寄りからはあまり評判がよくないが、亀田の裏表の無さと単刀直入さは楽でいい。
 亀田はハンバーグを食べながら話し出した。

「俺の場合、相手のカオリンに結婚をほのめかされてまんまと騙されましたよ。結婚準備金とデート代、プレゼント代、カオリンの弟の学費、お父さんの手術代、被害総額341万8791円。驚きました? アプリで俺の支給割合算出したら41%で140万円。で、頭打ちの50万が支給予定。申請後、特になんにも連絡無いから、そろそろ振り込みになるんじゃないかな」

「支給割合41%? 通常5%から多くて10%だって聞いたぞ」
「そうですよ、すごいでしょ」
「すごいな、酷い目にあったんだな」

「そうですよ! カオリンの名前も住所も全部デタラメ、もう行方不明。キスしかしていないのに! 俺のIT探偵スキルを駆使しても見つからない。カオリンの実家の謄本(とうほん)あげたら、別人が出てきたときの虚脱感たるや。警察に被害届を出したってのが割合が高くなった要因かなぁ」
 早口の亀田は一気に喋ると、ドリンクを取りに行った。

 俺はうどんをすすりながら、自分の失恋を思い返した。
果たして申請の対象になるのだろうか。

「俺、ネット俳句の会に入っていてね、半年前に入会した人を好きになって」
「つきあったんですか?」
「いや、そのサイトでしか接触していないんだ」

「リアルでは会ってはいないんですね。でも今はいろんな形態のガチ恋がありますからね」
 亀田は人をバカにしないのがいい。

「俺は相思相愛だと思っていたんだ。俺の句にいつも女性らしい可愛いコメントをくれるんだ。その人の句もとても繊細で瑞々しくてね。そして俺がコメントしてあげると、即座にお礼の返信をくれるんだよ。ちょっと迷いがみえる句のときがあって、アドバイスしてあげたんだけど……とても感謝して素直に直してくれたんだ。2人で1つの句を創り上げているような、なんとも得がたい感覚だったなぁ……スランプで落ち込む姿も見せてくれるから、俺を信頼して心を許しているんだなって……それにね、一番のファンだって言ってくれたんだよ、俺に好意があるって思うよね! 俺、間違っているかな!?」

「はあ」
「1か月前、彼女が既婚者だったことがわかった」
「どうしてわかったんです?」
「彼女が他の投稿者とコメントのやりとりをしていたんだ。それを覗いてわかった」

「はあ。うーん、弱いかな。いくら使いました?」
「その人の自家出版の句集を全部3冊ずつ買って、文芸サイトに投げ銭した。合計8万円くらいかな……金の問題じゃないんだ。申請して、もうこの気持ちに区切りをつけたいんだ」

「申請のQ&Aにですね、不倫、風俗、アイドル、ネット上での仮想の存在、架空の存在は対象外と明記されていて、それに近くないすか? 一応算出してみます? 」
「する」

 一問目『交際を始めたのはいつからですか? 片思いの期間は含めません』
俺は一問目で挫折した。


 それからすぐに恋愛支援給付金は不正受給が横行したようで、政府は財源確保に窮することとなった。
俺は亀田に話したことで少し冷静になると、急激に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「つまり俺の一人相撲か」
 という呟きに亀田は、
「恋愛なんて一人相撲みたいなもんじゃないですか」
 なんてフォローしてくれたけど、もうみっともない勘違いはしたくない。

 しばらくの間、恋愛には臆病なままでいい。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み