第1話 私が社交ダンスを始めたワケ

文字数 1,315文字


「社交ダンス」と聞くと、いまだにどこか古くさいというか昭和のイメージがつきまとっているのではないだろうか。
 映画『Shall we ダンス?』(1996年)が大ヒットしたことで広く世に知られ、バラエティー番組企画で多くの有名人が挑戦したことで、それなりに認知度を高めた。とはいえ、映画の公開からはもう四半世紀も経つ。
 最近だと高視聴率をマークした、金スマ社交ダンス企画でキンタロー。とロペスが世界選手権で戦うストイックな姿を目にした人も多いかもしれないが、それでもまだまだマイナーなスポーツだ。いや、スポーツだとすら認識されていないかもしれない。どうも世間では年配の男女がなんかやってるというイメージが強い気がしてならない。

 繁華街のある駅前の雑居ビルにはたいてい「社交ダンス」という看板が出ているが、映画のように窓辺にたたずむ若く美しい女性教師を見初めて飛び込む男性というのはまずいない。一般の人たちが社交ダンスと触れ合う機会はあまりに少ない。まして、今はコロナ禍である。手に手をとるだと?と目くじら立てる人も多いだろう。
 だが、社交ダンスは熱狂的な愛好家たちによって支えられている。そして、私は声を大にしていいたい。本当におもしろいのだ、この社交ダンスという世界は。人間ドラマの縮図、ありとあらゆる喜怒哀楽に出会えるのである。人間動物園といってもいい。雑居ビルの小さなドアの向こうには文字通り秘境が広がっているのだ。

 私が社交ダンスを始めたのは、かれこれ十数年前、アラフォーだった時。当時の私は末期状態、回復不能の結婚生活を送っていた。正直に言おう。大げさでもなんでもなく、あの頃社交ダンスに出会っていなかったら、私は間違いなくうつになっていた。いや、後から思い返して、もかなりヤバイ精神状態だった。

 新聞広告の小さな記事だったと思う。何か運動しなくちゃと思っていた時だった。「社交ダンス始めませんか?」といった一文に惹かれ、駅前のビルの3階にある小さなダンス教室のドアをくぐった。教室には、ハリウッドでリメイクされた『Shall wel dance?』のポスターが貼られ、リチャード・ギアが微笑んでいた。ひょっとしてダンスを始めたら、リチャードみたいな渋いイケメンに出会えるのだろうか? 胸をときめかせて体験レッスンに臨んだ私は、すぐに意外な洗礼を受けることとなった。

 なんと 私は最年少だったのである。冷戦状態にあった夫から「もうなんの魅力も感じない」と、ここには書けないくらいひどい言葉でなじられていた私に「いいわねえ、若くて」「キレイねえ」という言葉がシャワーのように浴びせられた。わ、若い!? 40過ぎてる私がですか!? 
 テニスをやっている友達は、クラスで最年長で、ボールを追いかけようとするとコーチに「あ~、無理しなくていいですからねー」と言われるというのに!? 
 社交ダンスにおいてはアラフォーはヒヨッコだったのである。このことは私にとって、意外にもじわじわ自信回復につながる心のケアとなった。
 だからというわけではないが、私が社交ダンス沼にズブズブと足を踏み入れることになるまで、そう時間はかからなかった。



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