第3話 ダンスがうまくなりたい!と思った時に見えてくる道

文字数 1,378文字

 何かを始めると、上達したいと思うようになるのが人情だ。まして私は「ダンスパーティー置き去り事件」によりプライドがズタズタだった。(どんだけのプライドだよというのはおいといて)
何がなんでもうまくなってやる!と意気込んでいた。
 ダンスがうまくなるためには、プロに個別指導を受けるしかない。
 それまで習っていたのは団体レッスン。先生1人に対して生徒が5人~10人いる。下手な生徒同士で踊り、たまに先生がお相手してくれる。そんなシステムだった。これでは、足型と呼ばれるステップはなんとなくわかっても、現実に「踊れる」ようになるのは難しかった。

 ちなみに先生というのは、プロのダンサーであり現役の競技選手でもある。当時習っていた先生は、決してトップ選手ではなかったのだが、三十代後半で競技会に出ていた。ゴルフやテニスと違って、ダンスで成績を出しても賞金は微々たるもので、決してそれだけで生活していくことはできないため、ほとんどのプロは教室勤務かフリーランスで生徒に教えている。競技を引退した後は、教師に専念することが多い。
 ゴルフはツアープロとレッスンプロがいるが、ダンス教師はツアーでコンペに出ながら教える仕事をするというイメージだ。
 ちなみに競技会での成績により級がある。チャンピオンクラスはSA級、以下A級からD級、さらにノービス級と分かれていて上に行くほどレッスン料金は高くなる。
 当時私がはじめて習った先生はC級だった。今思えば、レッスン料金はかなりリーズナブルだった。

 はじめてプロの競技会を見た日の衝撃は忘れられない。教室ではおだやかで時に剽軽な顔を見せていた先生たちが、きらびやかなドレスと宝塚ばりのメイク、そして燕尾服でキレッキレに踊っていたのだ。ラテンダンサーたちの露出の激しい衣装と情熱的なダンスにも魅せられた。

 あそこまでできなくても、美しいドレスを着て踊ってみたい――。

 こうして私はさらなる上達を求めて「個人レッスン」を受け始めたのだった。そして、文字通りここからダンス沼にズブズブはまり込んでいく。
 まず個人レッスンは、料金がそれまでとは大きく違う。団体レッスンならば1回1時間千数百円だが、それが30分で3倍になった。さすがにマンツーマンの指導は違う。もちろん上達度と楽しさもケタ違いだった。

 コロナ禍前より日本人はハグを習慣としない民族だ。握手すらも一般的ではない。それがいきなり男性と手を取り、身体を密着させる。はじめのうちこそ抵抗があったものの、一人では出せないスピード感を体感できる。音楽に合わせて踊ることによる快感という人間の本能が刺激されるのだ。プロと踊るようになっていくと、もうアマチュアのおじさんたちとは踊れなくなってしまった。だって、楽しさが全然違うんだもん。
 こうなると、もっともっとうまくなりたいと、団体レッスンよりも個人レッスンを優先するようになっていき、その先に待っているのは「発表会」。つまりは先生と二人で演技を披露するというものだ。このあたりからかかる費用はケタ違いになっていき、楽しかったサークルのおじさまたちとは次第に疎遠になっていったのだった。

 ダンスがうまくなると生息域が分かれることを知ったのは、その頃だ。
 次回は、同じダンス愛好家でも、淡水魚と海水魚くらい違う生息域について語ろうと思う。
 
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