第5話

文字数 941文字

§§§§§§
「最後に一言だけ、あなたに言いたいことがあるの」
「なんだよ」
「聞いてくれる」
「聞くよ」
「私思ったの、私は今までの人生、すごく格好つけてきた。シティでもそうだったし、この街にきてからはますますそうだったかも知れない。知的でいよう、洗練された人間でいよう、スタイリッシュで、メトロポリタンな人間であろう、って。昔からそんなことばかり考えて生きてきた気がするの」
「そうか」
「でもね、この街に来て、そしてあなたと出会って、あなたの家族やお友達と会うようになって、少しずつ変わってきたのよ」
「そうか」
「ごめんなさい、これは最後の日に言うことじゃないかもしれない。でも、ごめん、言わせて。私、あなたにすごく感謝しているの」
「感謝?」
「なんていうのかな、あなたの、あなたのそのすごく素朴な人柄に触れて、私の中で何かが変わった気がするの。なんていうか、自然体っていう言葉を、頭とか言葉じゃなくて初めて体で理解できたのよ。こう、無意味に飾ることなく、自分を演出することなく、背伸びをすることもないことの素晴らしさ。そうしたら、急に今までの自分の大切にしてきたものが、つまらないことに思えてきて・・・。ありのままの自分を、ありのままに受け止めて、ありのままに静かに暮らすことの大切さを、生まれて始めて分かった気がするのよ」
「そうか」
「うん。だから、そういう意味では、本当は私は幸せだった」
「それはよかった」
「だから。これからも、それだけは忘れずに暮らしていくわ。本当の自分の自然な姿を見つけて、そこからブレることなく、つまらない一時の感情や、エゴや、虚栄心に流されることなく、毎日を、一日一日を、大切に丁寧に過ごして生きたいの」
「そうか」
「感謝してるわよ。ほんと。私はあなたのおかげで、大切なことに気付くことが出来たの」
「どういたしまして・・」
「・・・」
「・・・なに?」
「・・・ねえ」
「なんだよ」
「あなた・・・今私が言ったこと分かった?」
「え?」
「今、私があなたに言ったこと、本当に理解できた?」
「ん・・・」
「・・・」
「・・・まあ、だいたいは・・・」
「・・・」
「ごめんな」
「いいの。私が言いたいのは、ただありがとうってことだけよ」
「そうか。ならよかった」
「ありがとうね」
「どういたしまして」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み