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文字数 1,598文字

 車に戻り、妻が、
「まだ、信じられない。狐につままれたような気分」と言い、私は、骨壺を見ながら、
「うん、でも実際十六年前に戻って火葬したと考えたほうが、つじつまが合うよ」と言った。

「あの女の人、予約を受けたのがお母さんでなくて自分だとわかって、何か淋しそうだった」と妻が言った。
「『母親の伝えたいことがずっと気になっていた』と言っていたけど、長年思ってきて、本当はもうお母さんの伝えたかったことがわかっているんじゃないかな。明日は、お母さんの命日ってことになるよね。十六年前だから十七回忌か。一つの区切りのときにわかったのは良かった」と私が言った。

「どうして十五年や二十年じゃなくて、十六年前なのかなって思っていたけど、お母さんの十七回忌だからってこと? でも、それは明日だし。 ……ちょっと待って、今日は何日?」
 私が教えると、
「ロムの誕生日? 何で気づかなかったのだろう? 忘れたことなどなかったのに。 ……ということは、十六年前の今日は、ロムが生まれた日よ!」と妻が言った。
「生まれるために十六年前に戻って火葬してもらった、だったりして」
「きっとそうよ!」

 過去に戻ったことを認めれば、何でも受け入れられるような気がしてきた。

 話を広げながら車を走らせていき、バックミラーに映るケヤキの木を見て、ブレーキをかけた。
「さっきは右の道を通って霊園に戻ったけど、朝は左を通ったよね?」
 お互い顔を見合わせ、私は急いでUターンして左の道を通っていったが、着いたのは、白い軽自動車の停まっている現在の霊園だった。行きや帰りのパターンを変えて試してみても結果は同じだった。
「朝と昼で行き方が違ったのはここだけだし、特別のときだけ過去につながるのかな」と私は言った。

「一つ考えたんだけど。ケヤキの木のところは過去現在を決めるだけで、白川動物霊園で火葬された動物は必ず生まれ変われる、ということかもしれないよ」と私が言った。
「もしそうなら、今朝、右の道を行っていれば、十六年前でなく、今日どこかでロムが生まれたということ?」と妻は言い、
「また、子猫のロムに会いたいな。 ……ロムは、十六年前と今と、どっちに生まれるほうが幸せだったんだろう?」と続けた。
 私は、ペットコーナーでゆっくり近づいてきたロムを思い出し、
「前は、たまたま入ったイオンで僕たちがロムを見つけたけれど、今度はロムのほうが僕たちを待っていて『やっときてくれた』と急いで近づいてくるかもしれないよ。もう一度僕たちと暮らしたかったんだ。ロムが自分で左側の道を選んだんだよ」

「ねえ、あなたならどうする?」
「え、何が?」
「生まれ変われるとしたら、どっちの道を選ぶだろうか、ということ」
「それって、『生まれ変わったらまたこの人と結婚したいですか?』みたいなこと?」
「それも含まれているけど、もっと大きいかな。あたしについてなら『あなただけでなくお父さんやお母さん、ロムや学生の頃からの友達など、他のみんなと過ごしてきた人生をもう一度送りたいのか? それとも全く違う人生を生きてみたいのか?』みたいなこと」

「簡単に決められないな。レストランでメニューを選ぶようなわけにはいかない。自分の送ってきた人生をどう思うかということだし。 ……本当に死んだときじゃなきゃ、わからないんじゃないかな。僕たちも、もう少し生きられるみたいだし」
「そうよね。これからにもかかっているわよね」

 妻は、膝の上の骨壺をなでながら、フロントガラスの前に広がる景色を見ていた。
「何か始めようかな。 ……ねえ、あたし、行きたいところあるんだけど?」

 話はどんどん広がっていった。

    ※
 遠くに自宅のあるマンションが見えてきた。
 
 たぶん、また猫を飼うと思う。
 十五、六年後、その猫を乗せて霊園に向かうとき、どちらの道を行くかは、猫に決めてもらえば良いと思った。        
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